45.朱き奇襲
「はぁっ……はぁ……やっぱり三つも外すと、負荷と反動が半端じゃないね……」
肩で息をしながら、顎に伝う血混じりの汗を拭うロイ。
時おり咳き込むロイの表情はとても険しく立っているのがやっとだと膝を震わせている。竜獣たちとの戦いで負った傷は一つも無いが、ロイの全身には筋肉が軋むような激痛が電流のように走っていた。
「ロ、ロイ……あんた……」
「あぁ、やぁレンティア、怪我はないかい……?」
死屍累々と化した竜獣を飛び越えて、レンティアは急いでロイの側へと駆け寄っていく。
そうしてようやく気付いたことだったが、ロイは顔中のみならず全身に尋常でないほどの汗をかいていた。
地面に膝をつき、後ろに倒れこむように肘もついてロイは苦しそうに呻く。
「っ、うぅ……はぁ、なんとか間に合ったよ……」
「何が起こったのか全然わかんなかったわ……さっきのが、あんたの能力なわけ?」
「ああ……全身のリミッターを短時間だけ外すなんて、諸刃の剣だよ。使った後はしばらくダウンさ……特に今回は、六つのうち半分の三つも外しちゃったからね……痛つ……」
彼女らを取り囲み吹き荒れていた暴風が徐々に薄れていく。巻きあがっていた砂が落ち、風の傷痕だけが地面に残る。すると再び、照りつける太陽の光が色濃い影を作った。
空を仰いで目を細めるロイ。その異界者の実力を改めて認識したレンティアだった。
人体のリミッターを外すという抽象的な言葉ではその全てを窺い知ることは出来ないが、目の前に広がる惨状はそれだけで全てを物語っているとも言えた。
目にもとまらぬスピード。竜獣の鱗を砕くパワー。
ロイの言い方では先ほどの力も本気の半分しか出していないのだと言われ、底知れぬ異界者のポテンシャルに、レンティアは驚きを通り越して恐怖すら覚えるほどだった。
目の前で息せき切り微笑む子供が、恐ろしい。
頭の中にふと浮かんでしまった考えをすぐさま首を振って振り払い、レンティアは眉をつり上げて表情を作った。
「まったくもう、一人で全部やっちゃって。竜獣と戦って少しでも経験値を貯めたかったのに……」
「強がりはよしなよ、あれだけ相手にするのは僕でもちょっときついんだからさ……」
「生意気ねぇアンタ。……助けてくれたのは感謝してるけど、そこまで無茶する必要なかったんじゃないの?」
「……中途半端じゃ危うかったかもしれないからね。確実にって思ったら……ごめん、そろそろ、呂律もまわらなくなってきた……」
「ちょ、ちょっとっ。ほんとに大丈夫なの?」
レンティアが腰をかがめると足元が砂に埋まっていく。
太陽に熱された砂は触れるのも憚られるほどで、倒れこんでいるロイの身体を支えるように手を差し伸べた。
「おぉ、生きておったか」
「はは……なんとか、ね……」
涼しい顔で戻ってきたフォウとエイジ。
二人があの竜獣の群れと戦って生きのこったことにフォウは感心を示していた。エイジと比べると見劣りはするが、ロイも異界者であることに変わりは無いようだと。
とはいえたかが竜獣相手にここまで追いつめられるのも未熟だと思う気持ちが、フォウの表情と視線に表れている。
その視線を受けて素直に認めて苦笑するロイを見て、立ち上がれないほどに消耗はしているようだが命にかかわるほど危険な状態では無いと判断できた。
「……で、結局こいつら何だったのよ?」
「恐らく地別線でうろうろしておった奴らじゃ。東から南へ、四王の命で移動している途中だったんじゃろう」
「なにも喧嘩売る必要なかったんじゃないの? あたしたちに気付かずに通り過ぎようとしてたんだし……」
「そう言うわけにはいかない。竜がいれば殺す」
相変わらず全身を竜の返り血で染めたエイジがきっぱりと言う。
いまだ戦闘の興奮が冷めやらぬのか、彼の言葉はいつもより三割増しで刺々しい。
だが刺々しくも、エイジはロイに幾ばくかの心配を投げかけた。
「……ロイ、動けるのか?」
「しばらくはむり、だね……ゆびうごかすだけでも、かなりいたいんだ……」
「……そうか」
動けないロイと、竜獣との戦闘で消耗したエイジ。またしばらくはこの場で休む必要があるだろうと、エイジ自身が不服ながらも感じていた。
目元に飛び散った血を拭いながら、エイジはそのまま黙って湖の方へと歩いていく。
「れんてぃあ。わるいけど、ぼくのぽけっとからタバコだしてくれないかな……」
「そんな頼みきけるわけないでしょ。大体あんた未成年でしょうが!」
「なんじゃあ、別によかろう喫煙くらい。どうせ自己責任じゃ」
「よくないわよ!」
叫ぶレンティアの声を背中越しに聞きながら、エイジは少し安堵していた。
ロイも動けないだけで竜によって受けたダメージは無かった。レンティアもあれだけ騒がしいなら平気だろう。
(……情が移ったわけじゃない。今回のように大勢を相手にするとき、手分け出来る分いたほうが都合いいだけだ)
自分に言い聞かせるように、声を出さずに繰り返す。
彼は湖の縁に膝をついて、両手を水に浸していく。じわりと広がる血を遠くへ追いやるように手を動かしたあと、掬った水で顔を洗い始めた。
ひんやりと冷たい水は頭蓋骨にまで響くようで、目元が引き締まる感覚を覚える。湖面に映りこむ自らの顔が綺麗になったところで、エイジは顔をあげた。
「……?」
目に入ったゴミか何かだろうか。それとも、ただの蜃気楼だろうか。
湖の反対側に、たたずむ人影が見えている。
睫毛にしたたる水滴を親指の腹でぬぐって、エイジはもう一度目を凝らす。
人影は消えていない。それどころか、さらにくっきりと見えている。間違いなく、向こう側に誰かが立っていた。
どうやら男のようだった。長身痩躯の男が、エイジの姿をじっと見つめて立ち尽くしている。
訝し気にその男を見つめ返していると、男に動きがあった。
人差し指を立てて、下に向けてくいくいとアピールしているようだ。口元を動かしまるで、足元に何かがあるのだと言っているように見える。
「……なんだ?」
男の指使いにつられて、足元へと視線を落としたエイジ。
何も変わったところはないように思えたが、波紋のおさまった湖面をじっと見つめていると湖の底に映る黒い点に気が付いた。
その黒点は徐々に大きくなっていき、ついには点ではなく凹凸ある形へと変わっていく。
「……ッ!?」
そこでエイジはようやく気が付いた。
湖面に見えていた点は影。湖の上から落下してくる何かが、映り込んだ影なのだと。
首を反らして空を見上げると、こちらに向かって落ちながら剣を振り翳す女の姿があった。
ほぼ反射的に大剣を構え、振り下ろされる剣撃を受け止める。
「ぐぅっ……!」
「っは! 久しぶりだなァ、竜殺し!!」
「……ヴェインっ!」
上空からの奇襲を仕掛けてきたのは、ドルヤガの町で出会ったヴェインだった。
互いの剣がぶつかり合った衝撃音に気付き、フォウ達もその異変を目にする。
「なんのッ……つもりだ……!」
「お疲れの所わるいけどよ、命令だから仕方ねェ……ンだよっ!!」




