41.異界者二人
「―――エイジ、君はどう思う? なぜ僕たちがフォウ・ク・ピードなんていう異世界に召喚されたのか、どうして選ばれたのか。」
「……今はもうそんなことを考えなくなった」
異界召喚と呼ばれる儀式によって、フォウ・ク・ピードに呼び出された異界者。
なぜそんな儀式を行ってまでわざわざ異界の者を呼び出すのか。理由としては彼ら異界者が特別な資質を持っているからとされている。
エイジの力のように戦技とは違う特殊な能力を使える資質を持っているからこそ、こぞって彼らは呼び出される。
「僕はずっと疑問に思っていたんだ。別の世界から人間を呼び出すって発想も、その方法も。そもそもこの世界の人たちは戦技っていう立派な力を使える……わざわざ僕たちの力を必要としなくていいんじゃないのかな、って」
「……そんなことを考えてどうする」
「気になるだけさ。どうして僕が選ばれたんだろう、どうして召喚されたんだろうって……それも、あんなタイミングでさ」
ロイは傍に落ちていた遺跡の残骸を拾う。それを石ころのように、湖へと投げ込んだ。
湖の底へ沈んでいくそれを眺めながら、ロイは淡々と自らの過去について話し始めた。
「僕さ、元の世界にいた頃……父親に酷い扱いを受けてたんだ」
「……」
「ある日、僕は自分の父親を撃ち殺した」
声の調子を一切変えずに告げられたその言葉。
ロイは腰に提げたリボルバーに手を触れながら、懐かしむように目を細めている。
「その直後だよ、こっちに呼び出されたのは」
「……なぜ俺にそんな話をする」
わざわざ自らの苦しい過去と、罪の話をして何のつもりかとエイジは思っていた。
訝しがる感情が彼の表情に現れているが、ロイはただの世間話だという風に穏やかだ。
今までロイは自分の過去を誰かに話したことが無かった。それでもエイジに初めて話したのは、ロイとエイジが似たような存在だったから。
「僕以外の異界者に会ったのは初めてなんだ。どんな過去であれ、元の世界の事を知ってる人に話してみたかった。ただそう思っただけだよ」
「……まだ子供だと言うのに、お前は変わっているな」
「自分で言うのもなんだけど、濃い人生を送ってるからね。エイジは元の世界の思い出とか無いのかい?」
静かに微笑み、そう話を振りながらエイジの横顔を見上げると、遺跡の柱が生んだ影がエイジを包み込んだ。
影の中でうっすらと青く光る左手の甲を見つめながら、エイジはゆっくりと口を開く。
あやうくレンティア達がはしゃぐ声にかき消されてしまいそうなほどの小さな声で、短く、呟くように。
「思い出は無い」
「……無いって、無いことないだろう? どの国の生まれだとかそんなのでもいいんだよ、懐かしい話を聞かせてほしいな」
「無理だ。……俺は、この世界に来る前の事を憶えていない」
「……それって」
それ以上は口にせずとも理解できた。
記憶喪失という四文字の言葉が、すぐにロイの頭に印象的に浮かび上がる。
エイジが横目でロイの方を見ると、不味い事を訊いてしまったと視線を外して口をつぐんでいた。
自分の記憶が無いことを直接話したのはこれで二人目だと、彼はふと思った。
自ら言い出す必要は今まで無かったし、訊かれることが無い限り隠すつもりではないがレンティアやフォウにも言おうとしていなかったこと。
「悪いこと訊いちゃったね」
「……こっちに来てからの記憶が俺の全てだ。それ以前の事は自分でも気にならない」
「そう言う風に考えられるものなのかな、本人にとっては」
「ああ……だからこそ、俺は復讐のためにこの命を使う」
「……そうかい」
この世界に来てからが、エイジの生きてきた全ての証。そう彼自身が考えているからこそ、竜殺しという者は存在している。
彼にとっての過去はフォウ・ク・ピードに召喚されてから今に至るまでの三年間。彼にとっての人生はその三年間に凝縮されている。
彼が縋れる思い出はその中にしか無い。彼を駆り立てるモノもその中にしか無いのだ。
それから二人は会話することなく、湖のほとりで体力回復に努めていた。湖で飽きずにはしゃぐ二人を眺めながら、陽を隠す柱にほんの少し感謝をしながら。
そうして一時間ほど経ったころ、ロイとエイジの背筋に電流が迸る感覚が襲った。
「……っ!」
「……エイジにもわかったみたいだね」
二人が目を合わせている中、湖でレンティアと戯れていたフォウもそれに気づく。
そう遠くない気配。殺気だった大きな気配がこちらに向かって近づいてきている。
それに同調するようにエイジの身体からも並々ならぬ殺気が溢れるのを、ロイは隣で感じた。
二人は立ち上がり各々に戦闘に備え始める。エイジは背負った大剣の柄を握って確認し、ロイはリボルバーの弾倉を確かめる。
ここまで異常なほどの殺気を感じ取ることは、勘の鈍い人間でも容易かった。明確に殺気とは判断できずとも、レンティアは背筋に薄ら寒く不気味なモノを感じている。
髪や服が吸った水分を絞りながら、彼女はフォウと共にエイジらの元へ走り寄っていった。
「みなしっかりと準備しておくんじゃぞ。この気配は相当大きい」
「あたしにも分かるわよこの感じ……やっぱり竜?」
「違いないだろうね。逆にこれほどの殺気、人間に出せたらそれこそ驚きだよ」
「……四王か、フォウ?」
今までかつてないほどの殺気から感じられる、その力の片鱗。
エイジですら危険を感じるその気配の主に、必死で追い求めていた存在ではないかとフォウに問う。
が、かぶりを振ってそれは否定された。
「確かに気配から感じ取れる力は相当じゃが……恐らく違うな、四王が出てくるとなればその近くに強力な竜の側近が何匹かおるはずじゃろう。今こっちに向かっておるのは大きな気配一つと、残りは竜獣じゃ」
「……向こうから来るほど甘くはない、か」
「なんにせよわしらの邪魔をする竜どもじゃ。迎え撃って軽くひねってやろう」
「か、簡単に言うわねぇ……」
「安心しなよレンティア。ここには異界者が二人もいるんだよ」
それと竜も一匹いるがの。とフォウは心の中で付け足した。
向かってくる竜の数はフォウの感覚から二十以上と予想される。その中で、四王とまではいかずとも強力な上位種が一つ。
接触までの猶予はわずか数分。
地平の蜃気楼に揺れる竜の影を視界に捉えたエイジは、奥歯を噛み締め神経を集中させていく。




