40.リヴァージュ遺跡
「あっづぅぅぅ……」
サウスガルムの大砂漠。空高くぎらぎらと光る太陽と、遥か地平線まで続く砂がもたらす挟みうちの熱は想像以上のモノだった。
全身から溢れる汗は肌を湿らせ鬱陶しく、足元は砂に埋まり一歩一歩がとても重い。
この暑さと疲労感。最初に根を上げたのは比較的涼し気な恰好をしているレンティアだった。
「も"ぉむりぃ……なんだってこんなあづいのよぉぉ……」
「レンティア、君も僕と同じで南出身だろ? 我慢しなよ」
「あたしの故郷は港町なのよ……こんなに暑くなかったわ……」
「ほら、はやくしないとエイジたちに置いて行かれちゃうよ」
足取り重く離されてしまったレンティアに涼しい顔をしたロイが言う。
余裕があるように見えるロイの顔。流石に暑いことに変わりはなく汗が顎を伝い零れていっているが、いつもの微笑みは崩れていなかった。
エイジとフォウの足取りは、この砂漠に入って何時間と歩いても一向に変わっていない。
レンティアは恨めしそうにあるいは呆れるように二人の背中を見つめながら、額ににじむ大粒の汗を拭う。
「そもそも、道はこっちであってるわけぇ……? さっきから景色がぜんっぜん変わんないんだけど……」
「太陽の方角から見ても、方角はあってるはずだけど……」
「ゲティスローツまであとどのくらいかかるのよ……もぉ干からびて死んじゃいそう……」
「エイジたちの足についていければ、二、三日で着けると思うよ。きっと」
先を行くエイジが額の汗を拭う。後ろから見ていると平気そうに歩く彼の姿も、正面から見てしまえばそんなことは無い。
まるで足元が全て炎に包まれているようなこの暑さに、流石のエイジも少し参りはじめていた。
かたや彼の隣を鼻歌混じりに歩くフォウの顔には、一粒の汗すら見えない。
「……この暑さ、お前たち竜には気温が関係ないのか?」
「ん? そうじゃなぁ……暑い地方で育った竜は暑さに強く、寒い地方で育った竜は寒さに強い。人間だってそう言うもんじゃないのか?」
「この暑さは度が過ぎている」
「うーむ……そんなに暑いか?」
けろりと言ってみせるフォウに眉をひそめるエイジ。
すると彼の身体が急にがくり、と傾く。熱された砂の大地に膝をつき、自分でも何が起きたのかわからないと困惑の表情を浮かべた。
どうしたことかとフォウも見つめる中、後方のロイが近寄ってきて声をかける。
「ああ、やっぱりそろそろ脚にきちゃったみたいだね」
「おいおいおいどうしたんじゃエイジ。この程度で根を上げるとは」
「っ……躓いただけだ」
そう言って膝に力を入れるが、エイジは思うように立ち上がれない。
太ももに入れた力が地面に溶けてしまうかのように逃げて行ってしまう。
まだそれほど距離は歩いていないはずなのに、どうしてこんなに疲労しているのかと彼自身も困惑していた。
今までは一日歩きつづけても平気だったというのに。
「無理も無いよ。この砂漠は想像以上に体力を持っていかれる、慣れてないとのたれ死ぬのが関の山さ」
「にしても情けないのぉ、手を貸してやってもよいぞ?」
「いらん……余計な世話だ」
「無理しちゃ駄目だよエイジ。レンティアもそろそろ限界がきてる……もうすぐ見えてくるはずなんだけどな」
皮膚が音を立てるほどに熱せられた砂に手のひらを押し当て、エイジは何とか立ち上がる。いつの間にか体力をかなり砂の地に持っていかれていたようだ。
ロイは少し先を歩き、盛り上がった砂の坂を慣れた足取りで上っていく。
そして坂を上りきったロイは見えたものに微笑んだ。随分と前に通ったきりだったから確信は持てていなかった、とある場所。
四人はその場所のすぐ近くまで歩いてきていたのだった。
「みんな! もう少しだけ歩けるかい」
「なんじゃロイ。ゲティスローツはまだまだ先じゃろ」
「いったん休憩さ。砂漠のオアシスは目の前だよ」
◆
「すご……なによここ……?」
「サウスガルムの砂漠に点在してるオアシス。リヴァージュ遺跡さ」
天高く突き上げられた、何も支えていないいくつもの柱。朽ち果てた巨大な門。
砂の上に浮いているような石畳と、それらが崩れた岩の破片。
そしてそれらの中央に建てられた神殿と思われしものの残骸。
今まで砂以外に何も見えなかったこの土地で初めて見つけた、人工的なもの。
ロイが朽ちた柱の一つに手を触れながら、ここが何なのかを説明し始めた。
「ここと同じような遺跡がサウスガルムの砂漠にはいくつもあるんだ。何百年も前に神様とかそういう類のモノを祈り祭り上げていたとされてる、考古遺跡さ。僕はこの世界の歴史に特に興味は無いし詳しい事は知らないけど……点在するリヴァージュ遺跡に共通していることがあってね。それが……」
「っ! みずぅーーーっ!!」
太陽の光を反射させる、砂に囲まれた大きな湖。今まで歩いてきた不毛の土地とは思えないほどに、それが美しく輝いて見えた。
湖の周りには木々も見受けられ、まさに砂漠のオアシス。砂の底から湧き上がる水はまさに命の恵みともいえよう。
真っ先にレンティアは湖に向けて走り出し、途中で矢筒やポーチを脱ぎ捨てていく。
足が湖に浸かり、そのまま彼女は全身を投げ出した。
「なんじゃあのはしゃぎようは」
「フォウも行きなよ、水が冷たくて砂漠の暑さを忘れられる」
「……まぁ、水浴びも嫌いではないが」
レンティアはしばらく湖に潜り、全身にかいていた汗を洗い流す。
水しぶきと音を立てて湖面に顔を上げた彼女の顔はこれ以上ないほど緩み、口元が自然にほころんでいた。
「はぁぁぁ……生き返るぅぅ……」
「まったく、服もそのままで水に飛び込みおって……よほど暑かったんじゃの」
「サウスガルムじゃあ、濡れた服なんて一時間で乾くから大丈夫さ」
「あんたたちも来なさいよぉーー! 気持ちいいわよーっ!」
「ほらエイジ、飲み水の補給もあるから僕たちも行こう」
「……ああ」
エイジ達も続いて、湖へと向かった。
頭だけを水面に出して気持ちよさそうに浮かぶレンティアと、座って脚だけを湖に漬けるフォウを後目に、ロイは手で水を掬って顔を洗う。
髪の毛先に水がしたたり落ち、ロイはほう、とため息をついた。
そのまま手で掬った水を口に運ぶと、乾ききった身体に染み入り今までの暑さがいくらかマシになる。
しかしエイジだけは水を軽く飲むだけで、汗を流して涼をとろうとはしなかった。
湖の縁に座り込み、目を伏せてゆっくりと呼吸しているだけの彼に、毛先を握って絞りながらロイが話しかける。
「エイジ、君も汗を流したらどうだい? 気持ちいいよ」
「……こうして座っているだけでいい。砂漠の真ん中よりずいぶんマシだ」
「汗をかいたままだと気持ち悪くないかい。見なよ、レンティアなんてあのまま泳ぎ始めそうだ」
「……いつ竜が現れるかわからん。動けばどうせまた汗をかく」
水分補給と違って、身体を冷やす行為は一時的なものに過ぎないと彼は思っていた。
そんな態度のエイジにロイは笑う。彼はどんな時でも常に頭の中に竜の存在があって、それを中心に物事を考えている。それが不思議と面白く感じた。
ロイはエイジの隣に腰を下ろし、微笑みかけて訊ねた。
「エイジはどうしてそこまで、竜を憎むんだい?」
「……憎いから憎む。それだけだ」
「不思議だな。僕も同じ異界者だけど、竜を殺すことは所詮この世界の人たちに命じられた仕事であって、そこまで本意になれなかった……現に僕はドルヤガに流れ着いて、子供たちと暮らしていたし」
エイジは横目でロイの顔を見た。
鋭く細い彼の目に映る、微笑みながらもどこか寂しそうなロイ。
少しのあいだ、二人はどちらとも口を開かず時間が流れる。湖の方から、レンティアがフォウに水をかけてはしゃぐ音が聞こえてくる。
まばたきとは違うゆっくりとした動きで瞼を閉じ開いたロイは、同じ異界者同士でしかわからない話を持ち掛けた。
「―――エイジ、君はどう思う? なぜ僕たちがフォウ・ク・ピードなんていう異世界に召喚されたのか、どうして選ばれたのか。」




