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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
イスター編 復讐の傷痕
18/90

18.レンティア・マンティスの過去【想起】

「……何を言っている?」


 レンティアが言った台詞。『あたしも連れてって』。

 それは、四王を殺すエイジの旅に、一緒に連れて行ってほしいという意味。その言葉の意味はエイジもわかっているが、言葉の真意が掴めない。


「あたしも、旅に連れてって……って言ってるのよ」

「……駄目だ」


 ドアノブにかけていた手を離して、振り向きざまの一言でエイジは拒否した。それはレンティアの為でもあり自分の為でもある答え。

 竜を殺す旅は、エイジとフォウだからこそ成り立っている。互いに強い者だからこそ、足を引っ張り合うことも無く戦うことが出来るのだ。

 レンティアには、竜と戦う力は無い。ワゴール丘陵でリーシャを助けたときも竜を一瞬だけ怯ませるのが精いっぱいで、ましてや対等に戦って勝てるわけもない。


 レンティアは狩人として獣との戦闘は慣れているだろう。だが相手が竜となれば他の人間と大差は無い。彼女を旅に連れて行けば、リーシャと同じくエイジにとって『足枷』となってしまう。

 エイジはそのことを自身で理解している。『勝手について来ればいい、自分は冷酷に徹し助けたりしない』……そうは思っていても、レンティアに危険が及べば咄嗟に身体が動いてしまうだろうということを。


「どうしてよ」

「逆に訊くが……なぜついて来ようとする? 理由はなんだ?」

「……あたしには、探してる奴がいる」


 話を続けるレンティアの表情は、段々と険しいものになっていく。


「今まで、ずっと探してた……ううん、『探したかった』……竜がこの村の周りにいる限り、あたしは遠くに行くことができなかったから……」

「……」

「悔しいけど……アンタがいれば、旅をすることができる……」

「俺を用心棒か何かと思っているんじゃないのか?」

「っそうは言ってないでしょ! ……ただ、道中を襲われないで済むってだけ……グルーさんが言ったでしょ。アンタには怯えて竜獣が近寄らないって」


 レンティアは自分で身勝手なことを言っているとわかっている。道中を護衛してほしいわけでもないが、エイジを利用すれば旅を少しでも安全なものにできる。彼女一人で村を出て長い旅路につけば、竜に襲われることは必至だ。

 この機会を逃したくない。身勝手でも、わがままでも、どうしても旅に出たい理由が彼女にはあった。


「……銀髪の騎士。黒い首輪(チョーカー)を嵌めた奴を探したい」

「騎士を……? なぜだ?」

「……復讐するためよ」


 低い声色でそう言ったレンティアの瞳の奥に、黒く濁った色が宿る。殺意と呼べるほど洗練されていないが、確かな敵意が彼女にはあった。

 エイジにとってごく身近であり、生きている意味とも言い変えることができる『復讐』。

その言葉がレンティアの口から出たことに、エイジは表情を変えずとも内心驚いた。


 握りしめた拳をかすかに震わせながら、奥歯を噛み締めて彼女は語る。復讐を決意することとなる過去の苦しみを。


「あたしは……小さい頃、サウスガルムの港町に住んでたのよ、母親と二人きりで。……竜との戦争の火の粉は、もちろんあたしの住んでた町にも降りかかった。……でも町に駐屯してた騎士はすごく強くて……町は平和だったわ」


 レンティアの話を、エイジは黙ったまま聞き続ける。


「……なのにっ」





◆





 ―――10年前。レンティア・マンティスが9歳のときに話は遡る。


 サウスガルム地方の港町アクアポートの大通りで、三人の子供が走り回っていた。


「ま、まってよぉ! ぼくの首飾り、かえしてよぉ!」

「へへーんだ! ほらほらノロマ(・・・)のノーマ! 返してほしかったらつかまえてみろよー!」

「むりむり! ノロマのノーマじゃおれ達に追いつけっこないよ!」


 二人の金髪の少年と、それを追いかける黒髪の少年。

 金髪の少年たちは兄弟であり、名をライザックとチュートと言う。首飾りを握って振り回しているのが兄のライザック。そのとなりに居るのが弟のチュートだ。


 ライザック少年たちを追いかけているのが、ノーマ。男の子のくせにやけに肌が白く、髪も長く伸ばしている。


「はぁ、はぁ……ま、まって……」

「よーしチュート! この首飾り、灯台のてっぺんに置いてきてやろうぜ!」

「いいね兄ちゃん! おーいノーマ! はやく追いつかないとたいへんなことになっちゃうぜー!」

「と、灯台……!? だ、だめだよっ、灯台はこどもがのぼっちゃいけないんだよっ」


 大通りを駆け抜けるライザックたちが目指しているのは、船着き場に建てられている20メートルの高さがある灯台。いまはもう使われておらず入り口は封鎖されているが、壁面はかなり老朽化していて、ところどころに穴が開いている。その穴はライザックたちのような子供ならば入れるくらいの大きさだった。


 崩れる危険もあるので普段は立て札とロープが張られていて、子供たちは絶対に近くで遊ばないようにと、町の大人たちはよく注意していた。

 しかし悪戯好きで大人のいうことをあまり聞かないライザックたちはたびたび灯台の中に忍び込んでいるようで、慣れた足取りでロープをかいくぐり、穴を通って灯台の中に入っていこうとする。


「ほらノーマ! おれ達もう入っちゃうぜ! 追いかけて来いよ!」

「はぁ……はぁ……だ、だめだよライザック……! あぶないよ……!」

「なんだよ、こんじょう無し! そんなんだから兄ちゃんとおれにいじめられるんだぞ!」

「う、うぅ……」

「いいのかよノーマ! おまえの首飾り、てっぺんにのぼって置いてきちゃうぜ!」


 灯台の壁に空いた穴に手をかけながらライザックが首飾りを掲げる。先ほどからノーマが返してもらいたがっているあの首飾りは、彼にとって大事な品物だった。

 灯台のてっぺんに置いていかれるなんて嫌だ。自分では取りに行けないだろうから。だけど、走っても自分の足じゃ追いつけない。目の前のロープをくぐったときには、すでにライザックたちは灯台の中に入って行ってしまうだろう。


 ノーマは目に涙を浮かべて、うつむくしかなかった。

 そんなうじうじした態度のノーマに、ライザックは苛立ちを覚える。

 いつまでたってもノーマはその場から動こうとせず、しびれを切らしたライザックが灯台の中に入ろうとしたとき。


「こらぁー! なにやってんのよアンタたち!!」

「……げっ、マンティス……!?」


 町のほうから走ってやってきた、一人の少女。短く切りそろえた栗色の髪、つり上がった目尻、その表情は幼いながらも今と変わらないレンティアの面影があった。

 彼女はノーマの隣まで駆け寄ってきて、大きな声でライザックたちに呼びかける。


「またノーマをいじめたんでしょお!」

「レン……」


 レンティアの姿を見て、明らかにライザック兄弟は苦い顔を浮かべた。逆にノーマは、泣きべそをかきながらも少し嬉しそうに表情を明るくさせる。


「ライザック! チュート! はやくその首飾りを返しなさい!」

「うるせー! えらそうに言うなよなマンティス!」

「そーだそーだ! かんけい無いんだから出てくんなよな!」


 レンティアから逃げるように、ライザックたちは穴をくぐって灯台の中へと入っていく。


「灯台には近づくなっていっつも言われてるのに……! 待ってなさいノーマ、あたしがとっちめて来てあげる!」

「で、でもレン……灯台の中はあぶないよ……! くずれちゃうかも……」

「だいじょうぶよ! 町の祭りの障害物競争だって負けたことないんだから!」


 レンガの山を駆けまわることに慣れていたレンティアは、自分の脚をパンと叩いてライザック達を追いかけて灯台の中へと入っていく。中がどうなっているかわからないが、たとえ不安定な足場でも追いつける自信が彼女にはあった。

 ノーマは心配そうな顔をしながらも、その場で背の高い灯台を眺めることしかできなかった。レンティアだけでなく、ライザック達も怪我をしないように、祈りながら。


「……けほっ。すごいほこりっぽいわね……」


 灯台の中は明かりがなく、壁に空いた穴から差し込む日光だけが所々を照らし出している。剥がれ落ちて朽ちたコンクリートの粉や溜まった埃が日光の中を舞うようにただよっていて、吸い込まないようにレンティアは口に手を当てる。

 上を見上げると、はるか上まで続く螺旋階段の半ばで、こちらを見おろしているライザックたちの姿があった。


「げっ……兄ちゃん、マンティスがついてきてるよ!」

「あんたたち! 逃げ場はないわよ、かくごしなさい!」


 上へ上へと昇っていく兄弟を追いかけ、レンティアも手摺に手をかけて螺旋階段を上がっていく。階段は飛び飛びに崩れて踏み板があったりなかったりで、子供の体重でも勢いよく昇ると踏み抜いてしまう危険があった。

 レンティアは注意しながらも、軽い身のこなしで足場を選んでライザック達に迫っていく。


「……あっ!」


 灯台の頂上近く、外壁に沿う回廊に出てきたライザック達。そのすぐあとにレンティアも追いつき、三人が睨みあう。足場の悪そうな場所にいる三人を心配して、ノーマは汗で濡れた手のひらをぎゅっと握った。


「さぁ! ノーマから取った首飾りを返しなさい!」

「う……、こ、こんなもの! 海に投げ捨ててやる!」


 追いつめられたライザックは回廊の周りを取り囲む柵から身を乗り出し、腕を大きく振って首飾りを投げようとする。しかし、ライザックが乗り出したその柵はすでに老朽化がひどく進んでおり根元から折れ曲がった。


「う、わっ……!?」

「に、兄ちゃん!!」

「……っ!?」


 柵に体重を預けていたライザックは、そのまま倒れるようにして回廊から落ちる。掴める柵は無く、足を踏ん張ろうにも体の重心は既に宙に傾いている。視線は空から地面に移り変わり、遠いはずの地面が一気に近づいてくる錯覚に陥った。

チュートは驚いて動けなかったが、レンティアは咄嗟に飛び出し、落ちていくライザックに手を伸ばした。


「うわぁぁぁああっ!! …………ぁあ……?」

「くっ……うぅ……」


 回廊に寝そべって、なんとかライザックの腕を掴んだレンティア。片方の腕でライザックの手首の辺りをしっかり掴み、もう片方の手で回廊の床に爪を立ててライザックの体重を支える。

 レンティアの身体も半分ほどが回廊の外に出てしまっており、床に立てた爪は剥がれそうなほどにずるずると彼女の身体に引っ張られていく。


「マ、マンティス……」

「いっ、いい……? アンタ、その首飾りぜったい落としちゃだめよ……っ!」

「兄ちゃん! 兄ちゃぁん!!」

「チュートっ! おねがいだから、あたしの足おさえてて……!」

「あっ……わ、わかったよ!」


 落ちそうになるレンティアの身体を止めるために、チュートは彼女の足首を掴んでなんとか引っ張り上げようとする。しかし、ライザックのレンティアの二人分の体重を支えることは到底できず、レンティアの身体はずるずると床からはみ出ていってしまう。

 その様子を下から見ていたノーマは出来る限りの大きな声で叫んだ。


「レン! い、いますぐ誰か呼んでくるからっ! 待っててっ!」


 事態がどれだけひっ迫しているかはノーマにもすぐわかった。レンティアが掴んでいるライザックの身体は完全に宙に浮いており、ゆっくりと左右に揺れている。振り子のように揺れる彼の身体は、そのたびにレンティアの身体をも外側へと引き摺っているのだ。

 ノーマは町の方へと急いで戻っていく。今日は運悪く、漁の予定も無く港には誰もいないのだ。


「うぅ……くっぅう……!」

「は、離せよマンティス! お前まで落ちちゃうだろ!!」


 ライザックはレンティアの手を掴み返そうとしない。男の子の体重を女の子の細腕で支え切れるはずがないと彼も気づいていた。眉毛を寄せて歯を食いしばるレンティアの表情を見れば、なおさら無理だとわかる。

 だがレンティアは力を緩めず、険しい表情で息も切れ切れに答える。


「ばか……! 手を離したら、あんたが落ちちゃうでしょ……! あんたみたいなひょろっちい奴……片腕で充分ささえられる、わよ……っ!」

「マンティスっ……」

「兄ちゃん頑張って! 死んじゃやだよぉ!」


 レンティアの必死な顔を見て、ライザックは思った。

 彼女はいま、何も考えずにただ一心に自分を救おうとしてくれている。普段からノーマをいじめたりして、喧嘩ばかりしている自分を。きっとレンティアは自分のことを嫌っているんだと思っていた。だけど、彼女はいまそんなことを考えていない。

 死にそうな自分を助けようとしてくれている。彼女だって落ちてしまうかもしれないのに。


 レンティアの優しさをその身で、手首に伝わるその力で感じたライザックは、彼女の手首を掴み返した。


「ライザック……このまま引っ張り上げるから、灯台の床をつかんで……!」

「っ……わかったっ。チュート! マンティスが落ちないようにしっかり持っててくれよ!」

「うん、兄ちゃん……っ!」

「……じゃあ、せーので……いくわよ……! せぇー……のぉっ!!」


 床をつかむ爪が割れそうなほど指に力をいれて、レンティアは踏ん張ってライザックを引き上げようとする。ほんの少しずつだが、ライザックの身体が浮き上がっていく。

 あと少し。あと少しで灯台の床にライザックの手が届きそうだというところで。

 回廊の床が音を立てて崩れてしまった。


「えっ……!?」

「う、うわぁぁっ!」


 寝そべっていたレンティアも、しゃがみこんでいたチュートも、床が崩れ落ちて宙に投げ出されてしまう。三人は重力に従うままに、なす術無く地面に向かって落下していく。


「ぁぁっ……!!!」


 叫び声を上げる暇も無く、三人の身体は間もなく地面に衝突する。このまま死んでしまうのか。三人ともがそう諦めかけたその瞬間。

 灯台の壁を蹴って跳びあがる一つの人影をレンティアは落ちながら見た。


「きゃっ……!」


 地面に引っ張られるだけだった身体が、急に横からの衝撃を受ける。驚いて目をつぶってしまったレンティアが、次に目を開けたとき。すでに落ちている感覚はなく、目の前で眉をはの字に曲げて微笑む男の顔がそこにあった。


「―――ふぅ。危ない所だったね、レンティア」

「……ソルダートさん」


 三人の身体を抱きかかえてくれたのは、月明りのような銀色の髪の、黒い首輪を嵌めた男。

 この町に駐屯する騎士。ソルダート・ガフルームだった。

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