17.東の四王
「改めて村を代表して礼を言わせていただきたい。……ほんっとうに感謝しかありゃあせんわ! まさか生きて村に戻ってこれるとはのォ!」
ワゴール丘陵での戦いを終えた一行は、二日半がかりでバンサス村へと戻ってきていた。
時刻は夜。現在は村長のグルー宅に集まり、ささやかな宴会の真っ最中だ。
「感謝はいいが、飯が足らんのじゃ。もっと持ってきてもらえんかの?」
「ちょっ、あんたねぇ! いったいどんだけ食えば気が済むのよ!?」
村長の家とだけあって室内は広く、中央に置かれた大きなテーブルを囲んで椅子に座る面々は各々に飲み食いをしている。
肉、野菜、魚、酒。すべて贄の暦を逃れて村に残っていた人たちが用意してくれているものだ。村人たちの生還と、それを成してくれたエイジ達への感謝を込めて。命からがら帰ってきた村人たちを働かせるわけにはいかないだろうと、村人たちはやけに張り切っている様子だ。
次々と運ばれてくる食事を頬張るフォウ。その様子を見て呆怒するレンティア。エイジは椅子に座ったまま両腕を組んで食事には手をつけず、時おりコップに注がれたコーヒーを口に運んでいる。
リーシャはこの場にはおらず、村人たちの家を渡り歩いて食事を運んだり、具合の悪い者はいないかと献身的に看病を買って出ていた。
「にしても、まさか竜殺しと呼ばれる者がワシらを助けに来てくれるとはのォ~……こういうのを神のおぼしめしとでもいうんじゃろうかの、まぁワシはカミサマなんぞ信じとらんが」
「ほう、奇遇じゃなグルー。わしも神なんてものは毛ほども信じておらん」
「そうじゃろうそうじゃろう! フォウちゃんは小さいのに達観しておるのォ!!」
フォウとグルーはすっかりと意気投合している様子で、互いにグラスに注がれたワインを飲み交わして盛り上がっている。
その様子を見ていたエイジが、隣の席に座るフォウに小さな声で耳打った。
「……おいフォウ」
「ん? なんじゃエイジ」
「お前のその背格好で酒なんて飲んだら、怪しまれるんじゃあないのか」
「なにがじゃ?」
「子供は酒を飲まないだろう」
「はぁ? なにをいっておるんじゃ。煙草じゃあるまいし、酒なんて子供でも飲むもんじゃぞ? ……と、あぁ、そうか。おぬしは異界者じゃからな、そっちの世界では子供は酒を飲まんのか」
実際、フォウがぐいぐいと喉にワインを通していっても、その場にいる誰もがそれを咎めようとしていない。エイジは今まで知らなかったが、フォウ・ク・ピードでは酒を飲むのに年齢制限は無いらしい。
「ほれ! フォウちゃァ~ん、もっぱい! もう一杯いっとこう!」
「ちょっとグルーさん! いくらなんでも子供に飲ませすぎ! ……アンタも、小さい頃からお酒ばっかり飲んでると馬鹿になるわよ」
「迷信じゃそんな話。ほれ、おぬしも飲んだらどうじゃレンティア?」
「あたしお酒嫌いなのよ。匂いが嫌」
「もったいないのォ、レン! 酒は命の水じゃぞ? これがあるからこそ、生きる意味があるっちゅうもんじゃ!」
赤ら顔で気分よく喋るグルーを見て、ため息をついて呆れるレンティア。
グルー以外の村人は、洞窟内にずっと捕えられていて疲弊しきっていたというのに、彼だけがこれほどまでに元気なのがレンティアには不思議で仕方が無かった。
ワゴール丘陵からバンサス村に戻って来るまでにも、村人たちはかなり辛そうだった。何度も休憩を挟みつつ、二日半もかかってしまったのだ。道中で水や食料―――川魚など―――を食べてはいたが、精神的な消耗はどうしようもできない。
「……にしても、運が良かったわね。村に戻ってくるまでに竜に出くわさずに済んで」
「竜獣の数匹、わしとエイジだけなら問題なかったが流石に村人をあれだけ連れていると戦闘もやりにくいからのぉ」
エイジたちが丘陵に向かっていたときもそうだったが、帰りの際もただの一匹すら竜に襲われることは無かった。そのことについては、レンティアだけでなくエイジも気がかりだった。
あれだけ集団で平原を歩いていたというのに、なぜ竜に見つからなかったのか? そもそも近くに竜がいたのかどうか。
その疑問の答えはグルーが知っていた。
「運がよかったわけじゃないぞい。それもこれも、竜殺しの彼のおかげじゃて」
「……俺? どういうことだ」
「聞いた話じゃと、村に初めて訪れた時にリーシャを救ってくれたんじゃろォ? 竜獣を五匹まとめて倒して見せたとか」
「……あぁ。だがそれがどうした?」
「竜ってのは本能的なんじゃよォ。食欲に忠実、性欲に忠実、闘争本能に忠実。生存本能にも忠実じゃ。ある程度の性格の違いはあれど、竜だって『ヤバい』と思うことはあるって話じゃよ」
グルーはグラスに注がれていたワインを一気に飲み干し、指でグラスを回しながら話を続ける。
「よほど腹が減っていたり、激昂しておらん限り竜は……特に竜獣は、生存本能を一番に意識しておるのよォ。自分より強い者に無闇矢鱈に襲い掛かったりはせんわい。エイジ君の殺気や闘気に気圧されて、竜獣たちは近寄ってこんかったのよ」
「……だが、俺は今まで何十匹と竜を殺してきたぞ。奴らは逃げたことなど一度も無かった」
「挑まれれば受けて立つもんじゃよ。プライドと言ってもよいじゃろうな。……『毒虫』っておるじゃろォ? トゲに毒を持ってて、刺されたら下手すりゃ死ぬ毒を持った虫じゃ。人間だってそんな危ない虫には極力近づかん。しかし、いざ毒虫が攻撃してきたら『カチン』と来て叩き潰してやるッ、と思う……それと同じじゃよ。毒を持っているとは言え、ちっぽけな虫けらなんじゃからな」
グルーの話を聞いて、エイジは納得した。
今までのエイジは、自ら竜を探し、竜に挑み、そして殺してきた。だが今回は村を出発する時にフォウに言われたように、こちらから竜に近づかず、遭遇しても相手にしないよう努めていた。
そう、すでにエイジの力、エイジから溢れ出る殺気は竜獣たちを怯えさせるに足りうるものになっていたのだ。
「そっか……だからあたし達は襲われずに帰ってこれたわけね」
「こういった事例は稀にある。ウェスタ地方の首都には騎士団の本部があった故に贄の暦が無かったと言うし、上位騎士くらいの実力を持てば、竜を近寄らせんらしいからのォ」
騎士は人間の中でも、竜に対抗できる力を持った者達だ。彼らがいたからこそ、戦争も拮抗していた。……四王という圧倒的な存在が現れるまでは。
レンティアは少しうつむき、膝の上に置いていた手のひらを握る。
「……グルー。おぬし随分と竜について詳しいんじゃの」
平らげた皿を何重にも目の前に重ねたフォウが呟くようにそう言った。
何の気なしに訊いた口ぶりではなく、鋭さを孕んだ言い方。訝し気な口ぶりだと気づいたのはエイジと、尋ねられたグルー本人。
「ぬはは! 長い事生きとるとどうでもいい知識も増えていくもんじゃよフォウちゃん」
「それだけ竜に詳しければ、四王の居場所も知っておるのではないか?」
バンサス村へと来た最初の目的は、四王の居場所の情報集め。もとはと言えば、グルー達を幻竜から救い出したのもそのためだということを、いまのフォウの一言でレンティアは思い出した。
何故か竜に詳しいグルー。彼ならば、四王の居場所なり何か知っていることがあるかもしれない。いや、彼は何か知っている。四王という言葉を聞いたときのグルーの表情を見てエイジとフォウはそう思った。
「……四王の居場所、それを知って一体どうするつもりなのかのォ?」
「エイジとわしで四王を全て殺す。わしらの旅はそういう結末に向かっておるのじゃ」
「……その眼を見るに、こんなこと言ってもどうにもならんじゃろうが……やめておいた方がええぞい。四王は竜の中で頂点に立つ存在じゃ。騎士がまとめて挑んでも勝てんくらいのなァ」
「忠告を聞く気は無い。何か知っているなら話してくれ」
エイジに鋭い眼光を向けられ、グルーは少し押し黙る。服のポケットからひしゃげた煙草を一本取り出し、マッチで火をつけながら彼は思っていた。
エイジの力は確かなるものだろう。体格、目つき、雰囲気を見れば誰だってそう思う。竜獣からなら余裕で身を守れるほどの。しかし、かと言って四王と対等に渡り合えるかは厳しい所だ。
四王だけは別格すぎる。そんな勝ち目のわからない戦いに身を投じるくらいなら、出来ればこの村に残って、竜を退けつつ共に過ごして欲しい。
(……じゃがそれは、ワシのエゴじゃのォ)
この村に残ってほしいと思うのは、村長という立場ゆえの考えだ。
村人たちをこれからも守っていかなければならない。だが、グルー自身にそんな力は無い。
エイジさえよければ、村のために残ってほしい。
だが、エイジの瞳の奥に宿る一筋の光には、確固たる意志がある。自分がやらなければならないことを成し遂げる意志。決して曲がることのないであろうその光。
グルーは口から煙草の煙を吐き出し、ゆっくりと語りはじめる。
「東の四王、名をヴァスタークと言う」
「……ヴァスターク」
「その名前、そしてヴァスタークが『禁ずる者』と呼ばれていること。……それくらいじゃァ、四王についてワシが知っておるのは」
「どこに居るのかは知らないのか」
「居場所はワシも知らん……じゃが、少なくとも今は、この地におらんじゃろう」
「……なんだと?」
煙をくゆらせながら語るグルーの口調は落ち着いたものだった。エイジとフォウはその口から語られる情報に聴き入るが、レンティアが疑問を挟み込む。
「グルーさん、なんでそんなに詳しいのよ。四王なんて『誰も名前を知らないから』、四王って呼ばれてるのに……」
「ジジィはどうでもいいことを知ってるもんなんじゃよォ、レン」
「グルーよ、四王……ヴァスタークとやらが既にいないというのは、証拠でもあるのか?」
四王の居場所どころか、その名前も、フォウは知らなかった。今までは四王のことに興味が無かったからだが、人間のグルーがそこまで知っていることに彼女も少しばかり驚いている。
「……悪いがのォ、ここから先は話せん事情がある。エイジ君らがヴァスタークを追うというのならば、南の地……サウスガルム地方の『ゲティスローツ』という町に行くといい。イスター地方との地別線近くにある町じゃ」
地別線。フォウ・ク・ピードの各地方をブロックとして分けたときの境目のことだ。地方を跨ぐ際に検問するための大きな砦が建てられているところもあれば、看板が一つ立てられているだけのところもある。
イスター地方とサウスガルム地方を分ける地別線上には砦のような建物はなく、徒歩で自由に出入りすることが出来る。
グルーはそれだけ告げると席を立ち、煙草の残り香をその場に残して家の外へと出て行ってしまった。
残された三人はグルーを追いかけることもなく、それぞれがどこか一点を見つめて各々に考えることがあった。
「……エイジ」
フォウはテーブルの上のナイフを見つめたままエイジに喋りかける。エイジも同じようにフォウの方は見ずに言葉を返す。
「なんだ」
「サウスガルムのゲティスローツ……行くか?」
「……道を示されたんだ。行くしかないだろう」
東の四王ヴァスタークがどこにいるのか、明確な答えはグルーから語られなかった。
ましてや証拠も理由も説明されずにイスター地方を抜けろと言われても、信憑性には欠ける。だがエイジには、グルーの言葉が嘘だとも思えなかった。
四王の名を知っている者が、何の理由もなしに嘘をついて別の地方へと向かえなどと言うだろうか? そこにはなにか理由があるはずだ。ここから先はエイジの単なる憶測にすぎないが、ヴァスタークは何らかの理由でサウスガルム地方にいるのかもしれない。
四王の居場所は誰にもわからない。その地を治めている四王が、必ずその地にいるとも言いきれない。
あても無く旅を続けるよりかは、あてにならない道しるべを信じる方がいいだろう。
エイジとフォウの見解は一致していた。
「なら出発はもう二、三日あとにするぞ。サウスガルムへの地別線はかなり遠いからの。エイジ、おぬしも今回はしっかりと準備しておけ。わしが旅のルートを考えておいてやる」
「……わかった」
フォウも席を立ち、扉を開けて部屋を出ていく。今日は村人たちが空き家を一つ好きに使ってくれと言っていたから、きっと眠りにいったのだろう。
エイジも外の空気を吸うために席を立ち、部屋を出て行こうとする。
だが扉のドアノブに手をかけたとき、後ろからレンティアに声をかけられた。
「……待って!」
エイジが振り向くと、レンティアが席を立ちあがって思いつめた表情を浮かべていた。
「……なんだ?」
「アンタたち、これから旅を続けるんでしょ。……四王を殺すために」
「ああ、そうだ」
「……あたしも」
何かを決心したように背筋を伸ばし息を吸い込んだレンティア。
彼女の言葉に、エイジは耳を疑った。
「あたしも、連れてって」




