19.レンティア・マンティスの過去【追懐】
「お前たちはいつもいつも心配ばかりかけさせて!! ほら! ノーマに謝って、ソルダートさんにちゃんとお礼を言いなさい!!」
レンティアたちは灯台から転落しそうなところを騎士のソルダートに助けてもらった。
たまたま港の近くまで来ていた彼をノーマが見つけて呼んでこなければどうなっていたことか。ライザック兄弟の父親は目くじらを立てて彼らを叱りつけた。
「ご、ごめんノーマ……」
「ありがとう……ソルダートさん……」
「ははは、とにかく無事でよかったよ。もう灯台にのぼったりしちゃ駄目だよ?」
ソルダートは微笑みながら、親に耳を引っ張られて去っていくライザック兄弟を見送った。ノーマは返してもらった首飾りを大事そうに撫でたあと、自分の首にそれをかける。
その様子を見ていたソルダートはしゃがんで目線を合わせ、優し気な口調でノーマに喋りかける。
「ノーマ、大事なモノなのかい?」
「あ、うん……死んじゃった父さんのなんだ。これ……」
「そうかぁ。ノーマももう少し、自分の大切なモノを守れるくらい強くならなくっちゃな」
ノーマの頭にぽん、と手を置くソルダート。この町を守ってくれる騎士がかけてくれたその言葉は、彼の心に温かいものを感じさせた。頬を赤くさせて微笑むノーマは、視線を泳がせながらもこくりと頷く。
「わるいのはライザックたちよ。いっつもノーマをいじめるんだから」
「でもレンティア? それを何とかしなくちゃいけないのはノーマ自身だ。ノーマは男の子なんだから、いつまでも女の子に守られてちゃ駄目なんだぞ?」
「……ノーマはソルダートさんみたいに強くないわ。体だって弱いし……」
肌の白さ、そして細い腕や脚。髪も長く伸ばしているからノーマは女の子のような見た目をしている。もともと体が弱く、少し運動するとすぐ息切れを起こし、風邪をひくことも多い。
そのことはソルダートも知っていた。
「大人になれば変わるさ。私だって小さい頃はノーマみたいに体が弱い方だったんだからね」
「えっ……そうなの? ソルダートさん」
「そうさ。私が小さい頃、まだ竜との戦争は始まってなかったけど―――」
ソルダートは帝国のゲオルク騎士団に所属する騎士であり、『上位騎士』の称号を受けている数少ない精鋭である。ゲオルク騎士団は総勢千名の騎士が所属しているが、『上位騎士』の称号を持つ者はその中でも数十人程度と言われている。
もともとゲオルク騎士団は竜と戦うために作られた組織であり、組織の規模自体は過去の帝国や王国の兵団よりも小さい。任務はただ一つ、『竜を退け、帝国とその民衆を守る事』。
ソルダートもその任務に従い、現在はレンティアたちの住むアクアポートに駐屯している。彼だけでなく他にも数名の騎士が駐屯しているが、町の人々から一番に頼りにされているのは彼だった。
竜と戦うだけでなく、町の人々が困っていれば手を差し伸べ。好奇心旺盛な子供たちの相手も引き受け。疲れを見せずにいつも微笑んで優しく接してくれる彼に、町の娘の何人かは一目惚れして何度も贈り物を差し出している。おかげで騎士の詰所には花を活けた花瓶が所狭しと並んでいる状態だ。
そんなソルダートの魅力に、レンティアやノーマも惹きこまれていた。
二人には父親がいなかった。ノーマの父は今より幼い頃に竜に殺され、レンティアの父は3年前に離婚してどこかへ行ってしまっている。二人には共通して、父親という存在が『心の中で希薄』だった。
ノーマは物ごころつく前に父を亡くしたせいで、父親の温もりを知らない。レンティアの父は酒癖が悪く、彼女に愛情を注がなかった。そんな二人は、騎士のソルダートという人物に無意識にも父親を感じていたのだ。
「レンティアー! ……あら、丁度よかった、ノーマも一緒なのね」
「あ、お母さん」
ソルダートと二人が話しこんでいると、そこへレンティアの母親のリティアがやってきた。
レンティアに髪色も顔つきも瓜二つな母。ただ一つ違うのは、目尻が垂れていて物腰が柔和なところ。リティアはソルダートに会釈すると、二人に微笑みながら話しかけた。
「二人とも、今日が何の日か覚えてる?」
「今日って言うと……ああ、お料理会の日ね」
「うふふ、そうよ。ノーマのお母さんはホワイトシチューを作って、わたしはアンチョビのパスタを作ったの」
「わぁ! じゃあ今日はみんなでご飯だね!」
ノーマとレンティアの暮らす家は隣同士であり、同じ片親同士ということもあって仲がよかった。月に二度、料理が趣味のノーマの母によって開かれるお料理会というささやかな催しは、子供たちにとっては食事会のようなもの。
実際は料理下手なリティアのために開かれた料理教室だったが、いつの間にか主旨が変わっていってしまった。
「ふふ、はやく帰らないとシチューが冷めちゃうわよ?」
「うん! 行こうよレン!」
「わかってるわよ。……ソルダートさん、またね」
「ああ。気をつけて帰るんだよ」
そう言ってレンティアとノーマは家へと小走りで帰っていく。
その様子を微笑みながら手を振って見送るソルダートに、リティアはあらたまって恭しく頭を下げた。
「……ライザックのお父さんから聞きました。……あの子たちの命を救って頂いた、って」
「そんな。当然のことをしただけですよ、そんなに畏まらないでください」
「……きっとあの子たちは、家に帰って食事をしながら今日のことをたくさん話すと思います」
頭を上げたリティアは、少し潤んだ瞳でソルダートの目を見つめる。
もしこの場にレンティア達が残っていたとしても、彼女たちは気づかないだろう。ソルダートを見つめるその目が、いつもの母親の目ではないということを。
「あの子たち、家ではいつも貴方のことを話すんですよ。目をきらきらさせながら、今日はこんなことがあった、あんなことがあった、って。……いつも、話のどこかで貴方の名前が出てくるんです」
「そうなんですか? ……ははは、なんだか照れるな」
「……ソルダートさん」
リティアはゆっくりとソルダートに近づき、そして彼の胸に身体をあずけた。
ソルダートはそれに驚く素振りも見せずに、両腕でリティアの身体をそっと抱く。
「……やっぱり、いけませんか?」
「すみませんリティアさん……たしかに、私は貴女のことを愛しています。レンティアのことも同じように。……町の子供たちと触れ合っていると、父親というのもいいものだと思い始めました」
「でしたらっ……」
「……しかし、私は騎士です。この命は既に私の物ではなく、帝国と、貴女を含めた人々全ての為の物なのです。……この首輪が、その誓いの証です。……貴女だけに捧げることはできない」
「…………」
リティアは悲しみに目を伏せ、ソルダートは彼女の愛に応えられない自分を憂いた。
二人は抱きしめあうことしかできない。形としてその感情を残すことは、ソルダートの騎士としての真っ直ぐな意志が許さなかった。
少しのあいだ、わずかばかりに互いの気持ちを感じ合う。
そして、ソルダートはそっとリティアの身体から離れていった。
「……さぁ。他の騎士に見られでもしたら、何をいわれるかわかったものじゃない。……レンティアによろしく」
「……ええ」
「リティアさん、そんな悲し気な顔をしないで下さい。……今は無理ですが、必ず私は、貴女のその気持ちに応えてみせます」
「ソルダートさん……」
レンティアの知りえないところで、彼女の母は微笑みながら一粒の涙を落とす。
今まで何度もしてきた二人の男女の抱擁は、それが最後のものとなった。
◆
「それでね! この一週間は僕も頑張ったんだ!」
「あらあら、だから毎日くたくたに疲れて帰ってきてたのね」
二週間後の夜、ノーマは自宅で母親に嬉しそうに話をしていた。外は雨が降っていて、地面に雨粒が跳ねる雑音に負けないように、ノーマは大きな声で話している。
ノーマの母親はいつも、自分の息子がこうやって楽しそうに友達と遊んだことや、起きた出来事の話を聞くのが楽しみだった。
「いつも朝早く起きて、何をしていたの?」
「んっとね……ソルダートさんが遊びを考えてくれたんだ、お宝探しゲーム!」
「お宝探し?」
「町の色んなところにね、ソルダートさんがチョークでこんなマークを描いたんだよ」
紙をテーブルの上に置いて、その上からノーマは絵を描いていく。
丸い円の中に数匹のミミズが這ったような、不思議な模様。
「このマークを見つけたら、丸の下のほうに自分の名前を書くんだ。このマークを見つけたときに、誰か他の人の名前が書いてあったらダメ。誰も見つけてないのを見つけて、自分の名前を書かなきゃダメなんだ」
「自分で探して、一番乗りしないといけないってことね?」
「うん! 僕も頑張って探したんだけど……他の子たちの名前が書いてあるのばっかりなんだぁ……だけど、港の方で誰も見つけてないのを見つけてね!」
その時を再現するように、紙に描いたマークの下に自分の名前を書くノーマ。
「こうやって! 結局、このゲームを一緒にやったみんな、一つずつ見つけたんだ。そしたらソルダートさんがお菓子やぬいぐるみをくれたんだよ! これがそれ!」
「あらぁ、可愛いクマのぬいぐるみね」
後ろから取り出したクマのぬいぐるみを大事そうに抱えるノーマ。それを見て、ノーマの母は嬉しそうに彼の頭を撫でながら微笑んだ。
「そのぬいぐるみ、大事にするのよ?」
「うん! 大事にする!」
「うふふ。さぁ、じゃあそろそろ寝ましょうかノーマ。今日は嵐みたいに強い雨だけど……きっと明日には天気になるわ」
「うん、母さん!」
ノーマはその晩、クマのぬいぐるみを抱きながらとても楽しい夢を見た。
ライザックやチュート、レンティアたちと一緒に元気に遊びまわる夢。体が弱いから現実では出来なかった、木登りやかけっこ、色んな遊びをたくさんする夢。
その楽しい夢はずっと続いた。
二度と醒めることは無かった。




