↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/10

DAY7 ベコは人間になりたい。ロボは電話をかけたい。

一 旧校舎に平和は似合わない


午前九時。


国立天晴大学、旧校舎。


築年数不明、雨漏り常習、床の軋みはもはや環境音。大学側から取り壊しを宣告されたその建物には、今日も十七人の学生が集まっていた。


立てこもり七日目。


普通なら疲労や緊張が蓄積してくる頃合いである。


ところが。


「フットサルをやろうぜ!」


朝一番、チャラ男こと藤澤千荒(ふじさわ ちあら)が放った一言によって、旧校舎の平和は開始三分で崩壊した。


「……なんで?」


神谷莉央(かみや りお)は、昨日の試験営業で使ったメニュー表を片付けながら顔を上げた。


「いや、なんかさ。俺らずっとここにいるじゃん? たまには体動かしたくね?」


「まっする先輩なら毎日動いてるよ」


「それは筋肉の維持活動だ!」


まっすること田中真摺(たなか まっする)が、なぜか上腕二頭筋を隆起させた。


「筋肉は休ませてこそ育つ。しかし仲間との絆は、動かしてこそ育つ!」


「今の、ちょっといいこと言った?」


「筋肉の話しかしてないぞ」


「台無しだよ!」


「フットサル……」


部屋の隅で、ロワこと狼羽いやる(ろわ いやる)がゆっくり立ち上がった。


「ついに、この封印を解く時が来たか」


「何の?」


「我が右脚に眠りし、漆黒の蹴撃を」


「普通にボール蹴って」


「技名は《ダークネス・メテオ・シュート》」


「長いよ!」


「なお、成功率は未測定だ」


「一回も蹴ったことないんじゃん!」


そこへ、チャラ男がにやりと笑った。


「で、対戦相手は?」


全員が黙った。


「……いないの?」


「うん。今思いついた」


「企画が早すぎる!」


「では、学内の体育会系サークルに申し込めばよいのではありませんこと?」


皆から三重様と呼ばれる副会長、三重晴美(みえ はるみ)が鉄扇を開いた。


彼女は学生自治会の役員であり、この旧校舎に集まる変人たちを、どうにか社会生活の範囲内に留めている貴重な存在である。


「ただし、旧校舎の活動時間を勝手に変更することは認めませんわ」


「分かってるって。ちゃんと別の日にやるよ」


「それなら……」


「試合のあと、温泉とか行きたいよね」


夜乃さとみ(よの さとみ)が何気なく言った。


その瞬間、部屋の空気が変わった。


「温泉!?」


「卓球台はあるのであるか!?」


「浴衣……浴衣であるぞ……!」


「温泉街には美味しいものがあるべ!」


「旅行予算はどうするんですか?」


「撮影許可は?」


「旅館の床の耐荷重は?」


「なんで最後だけ土木の話なの!?」


千堂俊雄(せんどう ただお)が机を叩いた。


「古い木造旅館なら構造確認が必要だ! 手抜きは爆発だぁああ!!」


「旅館を爆発させる前提で話さないで!」


莉央の声は、今日もよく通った。


だが、もう誰も聞いていなかった。


投資研究会の煎論益子(いろん ますこ)が、どこからともなく電卓を取り出す。


「十七人で団体予約すれば、割引交渉の余地があります」


「自治会も来るなら二十人だな!」


学生自治会書記の剛田つよし(ごうだ つよし)が胸を張った。


「オレ様たちも参加するぞ! 心の友よ!」


「わ、私は……その……莉央さんが参加するのでしたら……」


学生自治会執行部長の御坊千也真(おぼう ちやま)が口ごもる。


「御坊さん、まだぼく行くって言ってないよ?」


「そ、そうですよね! 失礼しました!」


「参加するときは教えるから」


「は、はいっ!」


御坊は耳まで真っ赤になった。


その隣で三重様が鉄扇を閉じる。


「そもそも皆さん、旅行を企画する前に今日の当番を決めなさい!」


「「「はーい」」」


返事だけは素晴らしかった。


実行力については、また別の問題である。


二 科学部長の自信はだいたい危険


午前十時。


旧校舎一階の廊下から、金属を引きずるような音が聞こえてきた。


ガラガラガラ。


ゴトン。


ガシャン。


「……何の音?」


莉央が顔を上げる。


「でゅふふふふ……!」


この笑い声が聞こえたときは、たいていろくなことが起こらない。


白衣の裾を翻して現れたのは、科学研究会部長のハジメこと理科野発(りかの はじめ)だった。


彼が廊下から押してきたのは、見覚えのある案内ロボットだった。


ただし。


「……太った?」


莉央が言った。


「太ったのではない! 進化したのである!」


案内ロボは以前より一回り大きくなり、胴体の左右に不格好な箱が取り付けられていた。


頭部には赤い回転灯。


背中には謎の円筒。


胸には銀色のハッチ。


足元には小さな車輪。


そして正面には、油性ペンで書かれた文字。


『案内ロボ改』


「改、なんだ」


「そうなのである!」


「前の案内ロボ、道案内できたっけ?」


「それは今後の課題なのである」


「案内ロボなのに!?」


ハジメは咳払いをした。


「本機は、我々がフットサルや温泉旅行で旧校舎を離れる場合に備えた、自律防衛システム搭載型の次世代案内機なのである!」


「旅行まだ決まってないよ?」


「科学は常に未来を見据えるのである!」


「目の前の現実も見て!」


ラブこと込家羅武(こみけ らぶ)が目を輝かせた。


「デュフフ……この装甲……量産型の第一世代を思わせるでござるな」


「分かるか、ラブ!」


「ただし肩部ユニットの左右非対称性に、試作機特有の浪漫を感じるでござる」


「実は右側の箱が入らなかっただけなのである」


「浪漫が消えた!」


映像制作研究会のアキこと白澤秋(しろさわ あき)は、すでにカメラを構えていた。


「ちょっと待って。これ、撮っていい?」


「もちろんである!」


「爆発しない?」


「爆発機能は搭載していないのである」


「安心した」


「爆発音機能なら搭載しているのである」


「安心できない!」


ハジメは胸を張った。


「まず第一の装備! 警告用爆竹サウンド!」


ピッ。


パパパパパンッ!


「うわあああああ!」


御坊が飛び上がった。


ロワが即座に床へ伏せる。


シノブこと影山忍(かげやま しのぶ)は、いつの間にか机の陰に移動していた。


「……敵襲か」


「音だけですわ!」


三重様が怒鳴る。


「校舎内で突然鳴らすものではありません!」


「でゅふふ……実に良い反応なのである!」


「防衛対象が一番怯えてるよ!」


「第二の装備! 悪臭による接近抑止!」


「ちょっと待って!」


莉央の制止より先に、ロボットの背中から小さな霧が噴き出した。


ぷしゅっ。


一秒。


二秒。


三秒。


「…………」


仁藤均(にとう ひとし)が鼻をひくつかせた。


「……何か、変な匂いがしないか?」


「うっ」


チャラ男が顔をしかめる。


「え、待って。これ何の匂い?」


「科学部特製の安全な演出用臭気なのである!」


「安全と快適は別だよ!」


「くっ……これは……」


ロワが膝をつく。


「我が嗅覚結界を突破するとは……!」


「結界ないでしょ!」


「窓! 窓を開けるべ!」


熊田牛男(くまだ うしお)が駆け寄り、窓を全開にした。


その横でヘルシーこと優居減子(やさい へるし)が冷静に言う。


「これ、食品を扱う場所では絶対に使わないでくださいね」


「承知したのである!」


「というか、もう二度と屋内で使わないで」


「善処するのである!」


「善処じゃなくて約束!」


稲森穂乃(いなもり ほの)は鼻を押さえながら、小さく呟いた。


「……ベコの方が、いい匂いかも」


誰も反論できなかった。


「第三の装備! 空気砲!」


ハジメが叫ぶ。


「もういいよ!」


「発射!」


ポンッ。


ロボットの腹部から、色とりどりの紙吹雪が飛び出した。


ひらひらひら。


静寂。


「…………」


さとみが一枚つまんだ。


「……綺麗だね」


「うん」


莉央も頷く。


「でも、これ何を防衛してるの?」


「敵の視界を撹乱するのである!」


「三枚くらいしか顔に当たらなかったけど」


「風向きの問題なのである!」


「屋内だよ!」


絵巻千景(えまき ちかげ)が床に落ちた紙吹雪を拾いながら言った。


「これ、文化祭の飾りには使えそう」


「そうだね。そっちの方が役に立つかも」


「防衛ロボの存在意義が揺らいでいるのである!」


「最初から揺らいでるよ!」


しかしハジメは、不敵に笑った。


「でゅふふ……諸君。ここまでは前座なのである」


「まだあるの!?」


「本機最大の装備を見せる時が来たのである!」


その言葉に、全員が身構えた。


ハジメはロボットの頭部に手を置く。


「緊急時、最終防衛機能を起動するのである!」


ロボットの両目が赤く点灯した。


『最終防衛装備、起動準備完了』


胸部ハッチが、ゆっくりと開く。


ウィィィン。


内部から細いアームが伸びた。


何かを掴んでいる。


それは。


スマートフォンだった。


「…………」


莉央が瞬きする。


「……スマホ?」


『科学研究会部長に緊急連絡します』


ピッ。


プルルルル……。


ハジメのポケットから着信音が鳴った。


「もしもし! ハジメ博士である!」


ロボットが、平坦な声で告げた。


『危険です』


「でゅふふ! 完璧なのである!」


『助けに来てください』


「……え?」


『危険です。助けに来てください』


「いや、今、目の前にいるのであるが」


『救援到着まで待機します』


「自分で防衛するのである!」


『待機します』


「だから防衛を!」


『少々お待ちください』


♪ ティン、ティティン、ティテテテ〜。


廊下に、妙に耳馴染みのある保留音が流れ始めた。


「…………」


♪ ティン、ティティン、ティテテテ〜。


「…………」


♪ ティン、ティティン、ティテテテ〜。


莉央が静かに尋ねた。


「……ハジメ先輩」


「な、何であるか」


「これ、何を守ってるの?」


「…………」


ロボットが答えた。


『お客様の安全のため、現在、救援をお待ちしております』


「お客様って誰!?」


『現在、大変混み合っております』


「電話してる相手、一人だけだよ!」


『このままお待ちください』


「待たせるなぁぁぁ!」


そのとき。


ガタンッ。


誰かが開けた窓から風が吹き込み、紙吹雪が舞い上がった。


ロボットの車輪が、一枚の紙を踏んだ。


きゅるっ。


「……あ」


車体が傾く。


『危険です』


「うん、今まさにね!」


『助けに来てください』


「ハジメ先輩、支えて!」


「ま、待つのである!」


ガッシャァァァン!


ロボットは、盛大な音を立てて横倒しになった。


胸のスマホだけが、床の上で保留音を流し続ける。


♪ ティン、ティティン、ティテテテ〜。


「…………」


♪ ティン、ティティン、ティテテテ〜。


「……壊れた?」


さとみが聞いた。


ロボットの片目が、一度だけ光った。


『機体……損傷……』


ハジメが駆け寄る。


「しっかりするのである!」


『次期……機体名称……』


「え?」


『旧校舎防衛ロボ……最終型……EX2……』


プツン。


全員が黙った。


やがて莉央が言った。


「……勝手に次回予告した」


ハジメは、床に膝をついた。


「でゅふふ……そうか……!」


「何か閃いたの?」


「次はスマホを二台搭載するのである!」


「そこじゃなぁぁぁい!」


三 牛男、昼寝をする


正午過ぎ。


旧校舎は、ようやく静けさを取り戻した。


案内ロボ改の残骸は科学研究会の部屋に運ばれ、ハジメは「スマホの二台持ちに対応する設計」を始めている。


それを見た千堂が、


「まず車輪の位置を直せ!」


と助言したところ、


「それでは普通のロボットになってしまうのである!」


と反論された。


科学とは、時として理解しがたいものである。


一方、旧校舎の外では、ベコがのんびりと草を食べていた。


もちろん、大学側から認められた場所で、決められた管理のもとに置かれている。


牛男はその傍らに腰を下ろした。


「はぁ……今日も騒がしいべなぁ」


ベコが、もぐもぐと口を動かす。


「おめぇはいいなぁ。何にも気にしねぇで」


モォ。


「……そうでもねぇか」


牛男はベコの背中を眺めた。


昨日は試験営業。


今日はロボット騒動。


明日は何が起きるか分からない。


それでも、朝になればみんな旧校舎に集まってくる。


「……なんだかんだ、楽しいべな」


秋の風が、頬を撫でた。


ベコの咀嚼音が、一定のリズムを刻んでいる。


もぐ。


もぐ。


もぐ。


「……ちょっとだけ、寝るべ……」


牛男は目を閉じた。


そして。


世界が変わった。


四 牛類共和国、建国


「起きろ、牛男」


低い声がした。


「……んあ?」


「いつまで寝ている。朝の給餌時間だぞ」


「……給餌?」


牛男が目を開ける。


そこに立っていたのは、一人の美青年だった。


背が高い。


整った顔立ち。


黒いスーツ。


磨き上げられた革靴。


そして頭には、二本の立派な角。


「…………」


牛男は瞬きした。


「……どちら様だべ?」


青年は静かに答えた。


「ベコだ」


「…………」


「お前が世話をしていた、あのベコだ」


「ベコォォォォ!?」


牛男は飛び起きた。


だが、何かがおかしい。


自分の両手には、ふわふわのミトン。


首には大きな鈴。


胸には名札。


『飼育番号017 ウシオ』


「な、なんだべこれ!?」


「今日から人間は我々が管理する」


ベコは腕を組んだ。


「牛類共和国が成立したのだ」


「なんだその国ぃぃぃ!」


「国歌を聞くか?」


「いらねぇべ!」


「モォォォォォォ」


「歌ったぁぁぁ!」


ベコは満足げに頷いた。


「よし。まずは大学へ行くぞ」


「大学?」


「今日は人間品評会だ」


「絶対に行きたくねぇべ!」


しかし、すでに遅かった。


ベコが指を鳴らす。


パチン。


景色がぐにゃりと歪み、次の瞬間、牛男は旧校舎の前に立っていた。


ただし、校舎の看板が変わっている。


『国立天晴牧場大学』


「大学の名前まで変わってるべ!」


玄関には、巨大な垂れ幕。


『第一回 優良人間品評会』


「やめてくれぇぇぇ!」


扉が開いた。


「次の出場者、入場!」


聞き覚えのある声だった。


牛男が振り向く。


そこにいたのは、筋肉隆々のまっする。


首には鈴。


腕には番号札。


そして、なぜかポージングパンツ姿。


「最高級の筋肉人間! まっする、参上ッ!」


「まっするぅぅぅ!」


「見ろ牛男! 俺の筋肉がついに牛社会で評価される!」


「喜んでる場合じゃねぇべ!」


壇上に立つ牛の審査員が、眼鏡を押し上げた。


「ふむ。大胸筋は良好。しかし飼料効率に問題あり」


「飼料効率!?」


「筋肉一キログラム増加に必要な食事量が多すぎる」


「そこを評価するなぁぁぁ!」


まっするは拳を握った。


「ならば筋肉で証明するのみ!」


「何を!?」


「筋肉は裏切らないッ!」


その瞬間、会場の床がみしりと鳴った。


千堂が審査席から飛び出してきた。


「待てぇぇぇ! その壇上は耐荷重を確認していない!」


「千堂までいるべ!」


「手抜きは爆発だぁああ!!」


「夢の中でもそれ言うのかぁぁぁ!」


壇上が傾く。


審査員の牛たちが逃げ惑う。


まっするだけがポーズを維持した。


「筋肉は!」


バキッ。


「裏切らな――」


ドシャァァァン!


「床には裏切られたぁぁぁ!」


牛男は頭を抱えた。


「もう帰りてぇべ……」


「まだ始まったばかりだ」


ベコが穏やかに言った。


「次は接客部門だ」


五 牛のお嬢様と、縦ロールの女王


牛社会の高級喫茶店。


『モォ・ド・パリ』


その扉を開いた瞬間、牛男は見覚えのある顔を見つけた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


チャラ男だった。


黒い執事服。


白い手袋。


完璧な姿勢。


目の前には、豪華なドレスを着た牛のお嬢様が三頭。


「本日のおすすめは、最高級牧草の盛り合わせでございます」


モォ。


「かしこまりました。お飲み物はミルクで?」


モォォ。


「おっと失礼。ミルクはお客様ご自身でご用意いただけるんでしたね」


「何を言ってるべぇぇぇ!」


牛男が叫ぶ。


チャラ男は涼しい顔で振り向いた。


「お、牛男。お前も働く?」


「働かねぇべ!」


「時給、牧草三束」


「人間に牧草を払うな!」


そこへ、扇を開く音が響いた。


パチン。


「お黙りなさい!」


階段の上に、一人の女性が立っていた。


三重様。


ただし、その頭には牛耳。


縦ロールは普段の二倍。


背後には、なぜか金色の後光。


「牛類共和国最高評議会議長、三重様ですわ!」


「三重様まで牛側ぁぁぁ!?」


「何を騒いでおりますの? 人間は静かに飼育されるものですわ!」


「その常識どっから来たべ!」


三重様が鉄扇を振る。


「連れていきなさい!」


左右から現れたのは、サバイバルゲーム研究会の二人だった。


ロワは黒いマント。


シノブは忍者装束。


二人とも牛柄の腕章をつけている。


「ふっ……ついに我らの出番か」


「……任務開始」


「おめぇら、何で牛の味方してるべ!?」


ロワは静かに答えた。


「我が闇の契約が、そう告げている」


シノブが付け加える。


「……報酬はソフトクリーム」


「安いべぇぇぇ!」


牛男は二人に連行された。


たどり着いたのは、旧校舎の講堂。


そこでは、さらに意味不明な催しが始まろうとしていた。


『人間芸術祭』


司会席に立つアキが叫ぶ。


「さあ始まりました! 人間による、人間のためではない、人間芸術祭!」


その隣で、キアリや地味キャリーの呼び名を持つ地味来有(じみ きあり)が台本をめくる。


「……監督。この企画、誰に向けて撮ってるんですか?」


「牛」


「視聴者層が狭すぎません?」


「世界人口ならぬ世界牛口を狙う!」


「市場規模の算出方法から間違ってます!」


ステージには、ラブと千景がいた。


二人は巨大な紙製ロボットを組み立てている。


「デュフフ……ついに完成したでござる!」


「名前は?」


「機動牧草戦士モォダム!」


「それ、いろいろ危ない気がするべ!」


千景が首を傾げる。


「じゃあ『牛型巨大人間』にしよう」


「余計分からねぇべ!」


舞台袖から、ヘルシーとほのが現れた。


二人は大きな皿を持っている。


「人間向けの食事を作りました」


「おお! やっとまともなもんが!」


牛男が身を乗り出す。


皿の上には。


草。


草。


そして草。


「全部草だべぇぇぇ!」


「栄養バランスは考えたんですけど」


「人間の栄養を考えてくれ!」


ほのが申し訳なさそうに言った。


「……デザートもあります」


「何だべ?」


「干し草」


「乾燥させただけぇぇぇ!」


そこへ、益子が分厚い資料を抱えて現れた。


「皆さん、牛類共和国の経済成長率が発表されました!」


「そんなのあるべ!?」


「人間の労働生産性が低下しています。特に昼寝の多い個体が問題です」


「それ、オラのことだべ!?」


「改善策として、昼寝税を導入します」


「夢の中でまで税金取るなぁぁぁ!」


さらに仁藤が、牛男の肩を叩いた。


「落ち着け。深呼吸しろ」


「仁藤……! おめぇだけはまともだべ……!」


「まずは草を食べてから考えよう」


「おめぇもかぁぁぁ!」


牛男は天を仰いだ。


「誰か……誰か助けてくれぇぇぇ!」


そのとき。


講堂の扉が、勢いよく開いた。


「そこまでだよ!」


聞き慣れた声。


莉央だった。


その背後には、さとみ。


さらに御坊と剛田。


四人はなぜか、赤いマントを身に着けていた。


「ぼくたちは、人間解放戦線!」


「莉央ぉぉぉ!」


牛男の目に涙が浮かぶ。


「助けに来てくれたんだべな!」


「もちろん!」


莉央は拳を握った。


「人間には、人間らしく生きる権利がある!」


「いいこと言うべ!」


「そして、ぼくたちには!」


「あるべ!」


「好きな時間にお菓子を食べる権利がある!」


「急に小さくなったべ!」


さとみが続ける。


「あと、お昼寝もしたい」


「それはオラもしたいべ!」


剛田が胸を張る。


「心の友よ! オレ様たちが来たからには、もう安心だ!」


御坊も勇気を振り絞った。


「り、莉央さんは……ぼ、僕が守ります!」


「ありがとう、御坊さん!」


「は、はいっ!」


御坊の顔が真っ赤になった。


しかし、そこへベコが現れた。


黒いスーツを着た、美青年のベコ。


彼はゆっくりと拍手した。


パチン。


パチン。


パチン。


「見事だ、人間諸君」


「ベコ……!」


牛男が呟く。


ベコは静かに微笑んだ。


「だが、お前たちは一つ、大切なことを忘れている」


「何だべ?」


「人間も牛も、同じ場所で暮らしているということだ」


講堂が静まり返った。


「人間が牛を世話し、牛が人間を支える。どちらが上でも下でもない」


「ベコ……」


「必要なのは、支配ではない」


ベコは牛男の肩に手を置いた。


「共に生きることだ」


牛男の目から、涙がこぼれた。


「ベコぉぉぉ……!」


なんて立派な牛なのだろう。


自分は今まで、何を見ていたのだろう。


人間だとか牛だとか、そんな小さな違いに囚われて。


大切なのは、互いを思いやる心。


牛男はベコの手を握った。


「オラ……おめぇに会えて、本当によかったべ……!」


ベコも頷いた。


「俺もだ」


感動的な音楽が流れ始める。


講堂の窓から、金色の光が差し込む。


莉央たちが拍手する。


三重様が涙を拭う。


まっするが筋肉を震わせる。


チャラ男がハンカチを差し出す。


そしてベコは、最後にこう言った。


「ところで牛男」


「何だべ……?」


「今日の夕食は、最高級の牧草を用意した」


「だからオラは人間だべぇぇぇぇ!」


六 目覚めても、牛は牛


「……おーい」


誰かの声がする。


「牛男先輩?」


「……んあ?」


「起きて。もうすぐ当番交代だよ」


牛男が目を開けた。


目の前に、莉央がいた。


その隣には、さとみ。


そしてベコ。


いつものベコ。


四本脚で、のんびり草を食べている。


「……ベコ?」


モォ。


「……スーツは?」


モォ。


「牛類共和国は?」


「何の話?」


莉央が眉をひそめた。


牛男はゆっくりと起き上がった。


「……夢だったべ……」


「相当変な夢だったみたいだね」


「ベコが人間になって……みんなを飼育して……」


「何それ。面白そう」


さとみが笑う。


「でもね、牛男先輩」


「何だべ?」


「寝言がすごかったよ」


「……寝言?」


莉央が、少し気まずそうに目を逸らした。


「『オラを飼育してくれぇぇぇ!』って」


「…………」


「三回くらい」


「忘れてくれぇぇぇぇ!」


その瞬間。


ベコが、牛男の頬をべろりと舐めた。


「うわぁぁぁ!」


莉央が笑い出す。


さとみも、肩を震わせた。


牛男は頬を拭いながら、ベコを見つめた。


「……おめぇ、やっぱり牛のままでいいべ」


モォ。


「……その方が、オラは安心だべ」


ベコは何事もなかったように草を食べ始めた。


牛男は、ふと足元を見た。


そこには、小さな白い紙が落ちていた。


『飼育番号017』


「…………」


牛男は固まった。


「……なんで?」


拾い上げる。


裏返す。


そこには、見覚えのある文字。


『案内ロボ改 紙吹雪用』


「…………」


牛男は、しばらくその紙を見つめた。


そして大きく息を吐いた。


「……ハジメぇぇぇ!」


遠くの校舎から、返事が聞こえた。


「でゅふふ! 何であるかぁぁぁ!」


夢より現実の方が、よほど意味不明だった。


七 午後五時、次回の最終型


午後四時五十分。


旧校舎では、今日も帰り支度が始まっていた。


「フットサルの相手、探しておくね」


チャラ男が言う。


「温泉も候補だけ調べておくよ」


さとみが続けた。


「旅行は予算と日程が決まってからですわよ!」


三重様が釘を刺す。


「分かってるって!」


「返事だけはいいんですから!」


莉央は笑った。


今日も、取り壊し問題は解決していない。


校舎は古いまま。


壁のひびも、床の軋みも、そのままだ。


けれど。


フットサルの話をして。


温泉旅行を計画して。


変なロボットが壊れて。


牛男が、牛に飼育される夢を見て。


そんな一日が、どうしようもなく楽しかった。


「……ねえ、みんな」


莉央が言った。


「ん?」


「明日は、もう少し普通の日にしようね」


全員が頷いた。


「「「そうだね」」」


そのとき。


科学研究会の部屋から、ハジメの声が響いた。


「でゅふふふふ! ついに設計図が完成したのである!」


「…………」


「次世代防衛機構! 旧校舎防衛ロボ最終型EX2!」


「…………」


「スマホ二台搭載! 保留音ステレオ対応!」


「…………」


「さらに!」


莉央が、恐る恐る聞いた。


「……さらに?」


「危険を検知すると、三重様にも電話するのである!」


三重様の鉄扇が、ぱちんと閉じた。


「……ハジメさん?」


「でゅふ?」


「私の番号を登録したら、機体ごと廃棄しますわよ」


「ひぃぃぃ!」


一同、大爆笑。


そして午後五時。


十七人の旧校舎組と自治会の三人は、いつものように旧校舎を後にした。


最後に残ったハジメが、案内ロボ改の残骸を見つめる。


「……今度こそ、完璧な最終型を作るのである」


床の上で、スマートフォンが小さく光った。


画面には、着信履歴。


『ハジメ博士』


同じ名前が、二十七件。


ハジメは首を傾げた。


「……何故、こんなに電話しているのであるか?」


ロボットの残った片目が、一瞬だけ点灯した。


『危険です』


「何がであるか?」


『製作者の判断力が危険です』


「ロボットに言われたぁぁぁ!」


旧校舎に、最後の悲鳴が響いた。


明日もきっと、ろくな一日にはならない。


けれど、それでいい。


彼らの旧校舎での共同生活は、まだ七日目なのだから。


――DAY7・終――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。