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DAY6 執事とメイドと、なぜか牛。

 午前八時五十八分。


 国立天晴大学の旧校舎に、今日も学生たちが出勤してきた。


 もちろん、大学に出勤という制度はない。


 だが彼らは午前九時に立てこもりを始め、午後五時に帰る。六日目ともなれば、誰かが「おはようございます」と言えば、誰かが「今日も一日よろしくお願いします」と返すくらいには、妙な職場意識が芽生えていた。


「おはようございまーす!」


 神谷莉央(かみや りお)が扉を開ける。


 目の前に立っていたのは、巨大な上腕二頭筋だった。


「お帰りなさいませぇぇぇ! お嬢様ぁぁぁ!!」


「ぎゃああああっ!」


 筋力トレーニング研究会のまっすること田中真摺(たなか まっする)が、力こぶを作った。


 タンクトップ。蝶ネクタイ。頭には小さな白いメイドカチューシャ。腰にはフリルのついた、申し訳程度の白いエプロン。


 隠す気のない筋肉が、朝日を受けて輝いている。


「……まっする先輩?」


「はいッ! 本日は厨房担当でありますッ!」


「厨房担当なのに、どうしてその格好なの!?」


「制服だと聞きましたッ!」


「誰から!?」


「アニ研部長からですッ!」


 廊下の角から、眼鏡だけがぬっと現れた。


「デュフフ……似合っているでござる」


 アニメーション研究会のラブこと込家羅武(こみけ らぶ)だった。


「ラブ先輩ぃぃぃ!」


「待つでござる! 衣装は本人が選んだでござる!」


「本当!?」


「動きやすいものを選びましたッ!」


 まっするが再びポーズを決める。


 エプロンの紐が、ぷつりと切れた。


「……衣装の耐久性が足りませんッ!」


「服のせいにしないで!」


 こうして、文化祭の試験営業日は始まった。


* * *

午前九時十分 教員限定、なのに大騒ぎ


 文化祭本番はまだ先だ。


 今日は学生自治会の提案で、教員を招いて行う試験営業。食品衛生、動線、接客、音量、出店間の連携を確認する日だった。


 旧校舎組にとっては、文化祭に正式参加するための大事な機会でもある。


「確認しますわよ」


 皆から三重様と呼ばれる学生自治会副会長、三重晴美(みえ はるみ)が鉄扇を閉じた。


「本日の来客は、事前に案内した大学教員と担当職員のみ。一般客は入れません。食材の管理記録、アレルギー表示、動物との接触区域の分離。どれも守っていただきます」


「はーい!」


 莉央が返事をする。


「それから、今日は全サークルが単独で店を回すのではありません。手の空いた人が、他の部を手伝う方式ですわ」


 テニスサークルはチャラ男こと藤澤千荒(ふじさわ ちあら)の一人だけ。


軽音楽部も莉央と夜乃さとみ(よの さとみ)の二人しかいない。


 全員が自分の店に張りつけば、接客も準備も成り立たない。


 そこで、各部が時間ごとに持ち場を交代することになった。


「お互いの部を手伝うなんて、ちょっといいね」


 さとみが微笑む。


「うん。こういうの、文化祭っぽい!」


 莉央も笑った。


「ただし」


 三重様が鉄扇をまっするに向ける。


「厨房に入る方は衛生管理に適した服装を。装飾品が食品に触れないようにしてくださいまし」


「承知しましたッ!」


「あなたのメイドカチューシャも外して」


「なぜですッ!?」


「なぜも何もありませんわ!」


 まっするは悲しそうにカチューシャを外した。


「……筋肉は泣いておりますッ」


「泣くなら手を洗ってからにしてくださいまし!」


 その様子を、映像制作研究会のアキこと白澤秋(しろさわ あき)が撮影していた。


「いい。実にいい。人間の尊厳と制服の境界を問う映像だ」


「問わなくていい!」


 莉央の声が、今日もよく響いた。


* * *

午前十時 執事は笑顔で財布を開かせる


「お帰りなさいませ、先生」


 テニスサークルの執事喫茶に、やわらかな声が響いた。


 チャラ男は黒いベストに白手袋。普段の軽薄そうな笑顔はそのままに、所作だけが妙に美しい。


 席に着いた女性教員が、思わず背筋を伸ばす。


「藤澤君、そんなに接客が上手だったの?」


「先生に気持ちよく過ごしてもらいたいだけですよ。今日は授業じゃないですから、ちょっと休んでいってください」


「まあ」


 チャラ男は椅子を引き、注文を聞き、さりげなく相手の荷物を置く場所まで案内した。


 それを見ていた学生自治会書記の剛田つよし(ごうだ つよし)が腕を組む。


「お前、普段はあんなにチャラチャラしてるのにな」


「剛田さん、褒めてる?」


「半分な」


「じゃあ残り半分は売上で褒めてもらおうかな」


 試験営業用の小さなメニューには、紅茶と焼き菓子のセットが並ぶ。価格は自治会と担当教員の承認済み。今日の売上は材料費の精算と文化祭の試算に回す。


「では、こちらへ」


 チャラ男が流れてきた軽快な音楽に合わせて、一歩、二歩と足を運んだ。


 銀盆を片手に、狭い通路をくるりと回り、ぴたりと止まる。


 女性教員たちから小さな拍手が起こった。


「ダンスまでできるの!?」


「テニスのフットワークですよ。たぶん」


「絶対違うだろ」


 剛田が突っ込む。


 そこへ、次の教員が入ってきた。


「藤澤君、こちらの喫茶店が評判だと聞いて」


「先生、お待ちしてました」


 チャラ男は目を細めた。


「今日は教員限定ですから、先生方が主役ですよ」


 また拍手が起きた。


 剛田は呆れた。


「……お前、ホストの才能があるな」


「執事ですって」


 売上表の数字は、午前中だけでほかの試験出店を大きく引き離し始めていた。


 ただし、チャラ男一人では到底さばけない。


 サバイバルゲーム研究会のシノブこと影山忍(かげやま しのぶ)が無言で配膳に入り、

科学研究会のハジメこと理科野発(りかの はじめ)は注文票を整理した。


「でゅふふ……この順番なら、配膳の待ち時間が三割減るのである」


「ハジメ、天才! あとで紅茶おごる!」


「でゅふふ……それはありがたいのである」


 執事喫茶は、もはやテニスサークル一人の店ではなかった。


* * *

午前十一時 筋肉に接客は必要か


 一方、軽音楽部のメイド喫茶。


「本日のおすすめは、高タンパクパンケーキですッ!」


 厨房からまっするの声が響いた。


 担当教員が恐る恐る尋ねる。


「田中君。普通のパンケーキはあるかな」


「ありますッ!」


「それなら普通のを」


「承知しましたッ! 高タンパクではない普通のパンケーキ一丁ッ!」


「わざわざ言わなくていいから!」


 莉央はメイド服の裾を押さえながら厨房へ飛び込んだ。


 今日はラブが勝手に用意した衣装ではなく、軽音の二人が選んだ動きやすい衣装だ。


 まっするは厨房用の清潔なエプロンと帽子に着替えさせられていたが、なぜか蝶ネクタイだけは残っていた。


「莉央、盛りつけはこっちでやるね」


 さとみが皿を受け取る。


「ありがと! 次の曲、あと五分で始めるから!」


 軽音メイド喫茶の売りは、時間を区切ったミニライブ。


 接客中に演奏を始めてしまえば人手が足りない。


だから演奏中はアニ研の絵巻千景(えまき ちかげ)が注文を受け、

農業・畜産研究会のヘルシーこと優居減子(やさい へるし)が飲み物を運ぶことになっていた。


「よし、交代!」


 莉央が小さなステージに上がる。


 ギターを抱え、深く息を吸った。


 さっきまでの怒鳴り声とは違う、澄んだ歌声が旧校舎に流れ始める。


 廊下を歩いていた教員たちが足を止めた。


 執事喫茶からも、何人かが顔を出す。


 いつもは騒がしい部室が、その数分だけ静かになった。


 曲が終わると、拍手が起きた。


「……いい曲だったわ」


 年配の女性教員が言った。


「この校舎で、こんな演奏が聴けるなんて知らなかった」


 莉央は少し照れて笑った。


「ありがとうございます!」


 その隣で、まっするが目を潤ませていた。


「ぐおぉ……胸筋が泣いているッ……!」


「胸筋は静かにして!」


 笑いが起こった。


 莉央は思った。


 自分たちの活動を知ってもらうって、こういうことなのかもしれない。


* * *

正午 牛男、執事になる


「お嬢様、お帰りだべ!」


 旧校舎裏手の教育用試験区画。


 熊田牛男(くまだ うしお)は、作業着の上から蝶ネクタイをつけていた。


 隣には、ベコ。


 そのさらに向こうには、沖縄のアグー豚。


 いずれも大学側の確認した時間に、農場スタッフの管理下で短時間だけ来ている。囲いの外から見学する方式で、食べ物の提供場所とは分けられていた。


「どうして牛まで執事喫茶の応援してるの?」


 見学に来た莉央が尋ねる。


「ベコも大学の仲間だべ。接客する権利があるべ!」


「権利はともかく、衛生上、喫茶店には入れられないからね」


 千堂俊雄(せんどう ただお)が柵を点検しながら言う。


「分かってるべ。だからここで『出張おもてなし』だべ!」


 牛男は胸を張った。


「お嬢様、本日のおすすめは、ベコを眺めながらの深呼吸だべ!」


「無料じゃん!」


「心は満たされるべ!」


 そこへ教員二人が見学に来た。


「まあ、かわいい牛ね」


「モォ」


「写真、撮ってもいい?」


「柵の外からなら大丈夫だべ! フラッシュはなしで頼むべ!」


 牛男が誇らしげに案内する。


 ヘルシーと稲森穂乃(いなもり ほの)は、隣の畑で移植した作物の様子を見ていた。


「葉が少ししおれたけど、根は落ち着いてきたね」


「うん。収穫の近い株は移動の負担が大きいから、しばらく様子を見よう」


 ほのが土に触れる。


「文化祭本番には、間に合うかな」


「間に合わせたいね」


 その会話を聞いた千堂が、静かに頷いた。


「必要な日除けや棚があれば言ってくれ。安全を確認してから作る」


「千堂くん、最近ずっと作ってるね」


「作るのは好きだからな」


 彼は畑の向こう、旧校舎の壁を見た。


「壊すより、直して使う方が難しいこともある」


 その言葉を、莉央は何となく覚えておいた。


* * *

午後一時 御坊の接客研修は五秒で終わる


「お、お帰りなさいませ……!」


 学生自治会執行部長の御坊千也真(おぼう ちやま)が、軽音メイド喫茶の入口で直立していた。


「御坊くん、そんなに緊張しなくても」


 莉央が笑う。


「り、莉央さんがその衣装で立っていらっしゃるので……!」


「衣装がどうかした?」


「い、いえ! 非常に、その、大学文化への貢献度が高いと申しますか!」


「意味分かんないよ!」


 御坊の顔は真っ赤だった。


 横から三重様の鉄扇が伸びる。


「御坊! 審査に私情を持ち込まないでくださいまし!」


「し、私情など!」


「では、このチェック表の『接客評価』に、なぜ花丸が七つもありますの?」


「そ、それは……!」


 莉央が覗き込んだ。


「え、七つ? ありがとう!」


「い、いえっ!」


 御坊は危うく倒れかけた。


 三重様がため息をつく。


「もう結構ですわ。あなたは伝票整理に回りなさい」


「は、はい……」


 だが、その後ろ姿を見た莉央は、小さく笑った。


「御坊くん、朝からずっと準備手伝ってくれてたよね。ありがと」


 御坊が立ち止まった。


「……ぼ、僕は自治会の仕事をしているだけです」


「それでも、助かったよ」


 彼は振り向かず、耳まで赤くした。


 それを見た剛田が、肩を震わせていた。


「おい御坊。背中が幸せそうだぞ」


「な、何を言っているんですか!」


* * *

午後二時 すみれさんは笑顔で引かない


 試験営業が軌道に乗ったころ、大学本館の事務担当者が三重様を呼び止めた。


「旧校舎組の出店について、追加の確認が必要です」


 渡された書類には、試験営業の即時中止につながりかねない条件が並んでいた。


「……この条件、今日になって追加されたのですか?」


 三重様が眉をひそめる。


「副学長室からの指示です。念のため」


「念のため、ですの?」


 その場にいた莉央も書類を覗いた。


「えっ、今から全部やり直し!? もう先生たち来てるのに!」


「決まりですから」


 担当者が困ったように言った。


「あら、少しよろしいかしら」


 穏やかな声が割って入った。


 雨宮すみれ(あまみや すみれ)だった。


 彼女は書類を一瞥すると、別の紙を三重様に示した。


「これ、昨日までに自治会と担当部署で確認した試験営業の条件よね?」


「ええ。署名もありますわ」


「今日の追加条件は、どの規程に基づいているのかしら。安全上の新しい事情があるなら、もちろん対応が必要だけれど」


 担当者は言葉に詰まった。


「いえ、その……副学長室から、厳格にと」


「厳格なのは大切ね。でも、他の出店と違う扱いにするなら、その理由も書面で残していただける?」


 すみれは微笑んだ。


 声を荒らげていないのに、不思議と相手が逃げられない。


「学生さんたち、昨日も遅くまで準備していたの。間違いがあるなら直せばいい。でも、何が間違いなのか分からないまま止めるのは、少し困るでしょう?」


 三重様も頷く。


「自治会として、正式に確認を求めますわ」


 担当者は書類を抱え直した。


「……分かりました。上に確認します」


 その人が去ると、莉央はすみれを見上げた。


「すみれさん、すごい……!」


「私は、確認しただけよ」


「でも、あの人、急にちゃんと話してくれた」


「ふふ。相手も仕事で困っていたのかもしれないわね」


 すみれは莉央の髪に付いた小さな紙片を取った。


「それより、あなたたち。頑張るのはいいけど、食事と休憩は取ってね」


「はーい!」


「特に、筋肉の人」


 廊下の奥で、まっするがくしゃみをした。


「……誰かが俺の大胸筋を呼んだッ!」


「呼んでないから!」


* * *

午後三時十分 御来光、来店


「ほっほほ。賑やかじゃのぉ」


 旧校舎の入口に、白ひげの老人が現れた。


 御来光と呼ばれる学長、照日富士夫(てるひ ふじお)である。


「学長先生!」


 莉央が駆け寄った。


「来てくれたんですか!」


「試験営業と聞いたのでのぉ。わしも客になってよいか?」


「もちろん!」


 学長は軽音メイド喫茶に案内された。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 莉央とさとみが声を揃える。


「ほっほほ。わしはいつから、ここの主人になったのかのぉ」


「そういうお店なんです!」


「なるほどのぉ」


 まっするが皿を運んできた。


「本日のおすすめですッ!」


 学長は、タンクトップと小さなフリルエプロンに戻ったまっするを見上げた。


 しばし沈黙。


「……ほっほほ。これはまた、たいそう丈夫そうなメイドさんじゃ」


「ありがとうございますッ!」


「褒めてるのかな……」


 莉央が呟く。


 学長はパンケーキをひと口食べた。


「うむ。おいしい」


「本当ですか!」


「ほっほほ。甘さもちょうどよい。若い人の工夫は面白いのぉ」


 莉央は嬉しくなった。


 けれど、すぐに真剣な顔に戻る。


「……学長先生。ぼくたちの部室、本当になくなっちゃうんですか?」


 学長はフォークを置いた。


「今は、そういう計画が進んでおる」


「学長先生でも止められないんですか?」


「一人で決められることばかりではないからのぉ」


「……そっか」


 莉央は俯いた。


 学長は、しばらく店内を見渡した。


 料理を運ぶ千景。注文票を確認するハジメ。客席を片づけるシノブ。次の演奏の準備をするさとみ。


 自分の部活とは違う仕事を、みんなが当たり前のように手伝っている。


「しかし、不思議じゃのぉ」


「え?」


「部屋を守るために集まったはずが、今は皆、互いの仕事を守っておる」


 莉央も周囲を見た。


「……確かに」


「ほっほほ。建物があるから仲間になるのか、仲間がいるから建物が大切になるのか。どちらじゃろうなぁ」


「それ、難しい質問です」


「そうかのぉ」


 学長は笑った。


「わしには、今ここで楽しそうにしておる皆が見える。それだけは確かじゃ」


 莉央は少し考えてから、笑顔を返した。


「じゃあ、もっと見ていってください。ぼくたちのこと!」


「うむ。そうしようかのぉ」


 学長は再びフォークを取った。


「ところで、おかわりはあるかのぉ?」


「ありますッ! 大盛りもできますッ!」


 まっするが即座に現れた。


「普通盛りで頼むぞい」


「了解ですッ!」


* * *

午後四時 売上表は嘘をつかない


 試験営業の終了が近づくころ、共用部室の机には各店の集計表が並んでいた。


「……執事喫茶、すごいね」


 さとみが数字を見て呟く。


 チャラ男の執事喫茶は、教員限定の短い営業時間にもかかわらず、注文数と客単価でトップだった。


「へへ。みんなが手伝ってくれたおかげ」


 チャラ男が照れくさそうに笑う。


「意外と謙虚だな」


 剛田が肩を叩く。


「いやー、ここで自慢すると三重様に怒られそうだし」


「聞こえておりますわよ」


 三重様が鉄扇を開く。


「売上だけで評価はしません。待ち時間、衛生、運営負荷も確認しますわ」


「はーい」


「ただし」


 三重様は表に目を落とした。


「人手不足を各部の協力で補った点は、評価できます」


 莉央が顔を上げる。


「ほんと!?」


「ええ。特に、ハジメさんの案内機と注文整理は役立ちましたわ」


「でゅふふ……当然なのである」


 ハジメは得意げに眼鏡を直した。


「……でも、一つだけ気になるんだよね」


 莉央が言う。


「何が?」


「うちのメイド喫茶、パンケーキの注文が途中から増えてる」


 さとみが集計表を見た。


「学長先生が『おいしい』って言ったあとだね」


「そうなんだ!」


 まっするが両腕を上げた。


「ぐおぉおお! 大胸筋が報われたぁぁぁ!!」


「作ったのは腕じゃなくて手でしょ!」


 笑い声が響いた。


 少し離れた席で、三重様は追加条件の書類をもう一度見つめていた。


 提出元の欄には、副学長室。


 その下には、いつもの学内書式とは違う管理番号が印字されている。


「……妙ですわね」


 小さな呟きは、騒ぎに紛れて誰にも聞こえなかった。


* * *

午後四時五十分 明日も定時で


 旧校舎裏の畑では、ヘルシーとほのが作物に水をやっていた。


 ベコとアグー豚は、農場スタッフに連れられて帰るところだった。


「また来るべな!」


 牛男が手を振る。


「モォ」


「ブヒ」


「……あんたたち、もう大学の名物だね」


 莉央が笑った。


「名物なら文化祭本番も出られるべ!」


「許可が取れたらね!」


「取るべ!」


 千堂が柵の扉を確かめる。


「それと、畑の周りの通路は明日少し直す。今日、先生方が歩いてみて狭いところが分かった」


「また工事?」


「手抜きは爆発だぁああ!!」


「その台詞、便利に使いすぎ!」


 莉央は笑った。


 午後五時。


 学生たちは今日も、きっちり旧校舎を出ていった。


「お疲れさまでしたー!」


「また明日!」


 剛田とチャラ男が売上表を片づけ、御坊は莉央に小さく手を振った。


 すみれはその様子を見送っていた。


「今日も無事に終わりましたね」


 隣に立った学長が頷く。


「ほっほほ。あの子らは、なかなか頼もしいのぉ」


「ええ。でも、少しずつ動きが変わっています」


 すみれの視線は、本館の方へ向いていた。


「今日の追加条件、正式な理由を確認しておきます」


「頼んだぞい」


 学長は、夕暮れの旧校舎を振り返った。


「……楽しい文化祭に、してやりたいのぉ」


 その声は、いつもより少しだけ低かった。


* * *

午後五時二十分 光る頭と、光らない書類


 本館の副学長室。


 「うおっまぶし!」の通称を持つ副学長、禿山光(はげやま ひかる)は、報告書を机に投げた。


「試験営業を止められなかっただと?」


 職員は困り果てていた。


「既に承認された範囲で実施されておりまして……追加条件については、根拠を確認するよう自治会から申し入れが」


「自治会まで学生どもの味方か!」


「いえ、そういうことでは……」


 副学長は窓の外を見た。


 旧校舎の向こうに、夕陽が沈みかけている。


「……ならば、文化祭そのものの扱いを考え直さねばならんな」


 彼は机の引き出しから、別の書類を取り出した。


 表紙には、大学の施設再整備に関する会議の予定。


 その余白に、小さく会社名が書き込まれていた。


和色建設。


 副学長は電話を取った。


「……私だ。少し、相談したいことがある」


 窓から差した夕陽が、頭頂部を照らした。


「うおっ、まぶし!」


 彼は慌ててカーテンを閉めた。


 暗くなった部屋に、電話の声だけが残った。


* * *

DAY6 おわり


次回 DAY7へ続く


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