第8話 前世
ベル商会。
貴賓室。
室内には厳かな空気が流れていた。
机の上には、一つの美しい木箱が置かれている。
ソフィアは静かに木箱を開いた。
その中に納められていたのは、
水晶のように透き通ったロザリオ。
陽の光を受けるたび、
白。
黒。
紅。
翠。
碧。
五色の輝きが静かに浮かび上がる。
「これが――」
「四種族友好のロザリオです」
ベル商会会頭。
レオン・ベルは思わず胸へ手を当てた。
「なんと……」
隣では妻、
エマ・ベルが感激のあまり目を潤ませる。
「一生分の運を使い果たしてしまいました」
「今日、死んでも悔いはありません」
リアネは思わず苦笑した。
「お父さん、お母さん」
「大袈裟すぎですよ」
ソフィアは優しく微笑む。
「お気持ちはよく分かります」
「このロザリオを目にできる方は、教会でもごく限られた者だけですから」
リアネは憧れ続けた初代大聖女のロザリオを見つめる。
「これが……」
「初代様のロザリオ……」
幼い頃から何度も絵本で見てきた。
教会で何度も話を聞いた。
尊敬する初代大聖女エリアネが身に着けていた、
世界で唯一のロザリオ。
ソフィアは穏やかに微笑む。
「よろしければ」
「一度、首へ掛けてみられますか」
「えっ!?」
「い、いいんですか!?」
「もちろんです」
リアネは震える手でロザリオを受け取った。
そして、
そっと首へ掛ける。
三千年。
長い年月を経てもなお、
ロザリオには綻び一つなかった。
透明な珠は静かに輝き、
まるで持ち主の帰還を待ち続けていたかのように、
優しい光を湛えている。
「すごい……」
「私が……」
「初代様のロザリオを……」
感激のあまり、
涙が頬を伝う。
その瞬間だった。
存在するはずのない記憶が、
まるで堰を切った濁流のように、
リアネの脳裏へ流れ込んできた。
――友好を未来へ残そう。
白竜皇オルド・アルカ=ヴェル。
――友へ贈る品に、惜しむ理由はありません。
精霊王アルディオン・エルヴェシア。
――最後の仕上げは俺に任せろ!
鍛冶王ガンドール・アイゼンハルト。
笑い合う仲間たち。
杯を交わした夜。
四種族融和。
そして、
四種族友好のロザリオ。
三千年前。
確かに自分が見た景色。
確かに自分が過ごした時間。
知らないはずなのに、
懐かしい。
忘れていたはずなのに、
すべて覚えている。
「え……?」
リアネは目を見開く。
「私……」
震える声が漏れる。
「前世……」
「エリアネだったの……?」
その日。
商家の娘・リアネの運命は、
三千年の時を超え、
静かに再び動き始めた。




