第61話 証拠
静まり返った大会議室。
ソフィアは静かに全員を見渡した。
「ですが」
「ボタンだけでは、証拠にはなりません」
会議室の空気がわずかに緩む。
犯人も心の中で安堵する。
(やはり……)
(それだけでは決め手にならない)
しかし。
ソフィアは穏やかな表情のまま続けた。
「昨夜」
「私は犯人を追跡しました」
「その際、犯人の上着のボタンを一つ入手しております」
「そして」
「逃走経路には、昨夜の雨によって足跡が残されていました」
ソフィアは土魔法使いへ視線を向ける。
「お願いします」
「はい」
土魔法使いが一礼する。
数人の騎士が大きな木箱を運び込み、会議室中央へ置いた。
蓋が開かれる。
中には、四角く切り出された土塊。
その表面には、泥に刻まれた足跡が鮮明なまま保存されていた。
会議室がざわめく。
「これは……」
「足跡を、そのまま保存したのか」
ソフィアは静かに頷く。
「証拠保全のため、教会所属の土魔法使いへ依頼しました」
「昨夜の状態を、そのまま保存しております」
土魔法使いも胸へ手を当てた。
「崩れは一切ございません」
「昨夜と同じ状態です」
ソフィアは全員を見渡す。
「改めてお願いいたします」
「皆様、上着と靴を確認させてください」
誰一人として拒む者はいない。
教会関係者。
祭典実行委員。
警備を担当した騎士。
一人ずつ確認が進んでいく。
そして。
ソフィアの足が、一人の祭典実行委員の前で止まった。
「失礼します」
男の上着へ静かに目を向ける。
「……ボタンが一つ、ありませんね」
男の肩がぴくりと震えた。
「そ、それは……」
「少し前に取れてしまっただけです」
ソフィアは何も言わず、布に包まれたボタンを取り出す。
上着へそっと近付ける。
大きさ。
色。
刻まれた紋章。
すべてが一致していた。
会議室からどよめきが起こる。
「一致している……」
「まさか……」
しかし、男はなおも首を振る。
「偶然です!」
「同じ制服なのですから、同じボタンでも不思議ではありません!」
ソフィアは静かに頷いた。
「その通りです」
「ですから、もう一つ確認させていただきます」
男の表情が凍る。
ソフィアは足元へ視線を落とした。
「靴を、お借りします」
騎士が男の靴を確認する。
ソフィアは保存された足跡の隣へ並べた。
靴底の模様。
擦り減り方。
欠けた部分。
一つ一つを丁寧に見比べていく。
やがて、静かに顔を上げた。
「一致しました」
「昨夜、祭壇から逃走した人物の足跡と完全に一致します」
会議室は一気に騒然となる。
「そんな……」
「ここまで一致するのか……」
「もう言い逃れはできないぞ」
男の額から、一筋の汗が流れ落ちた。
先ほどまでの余裕は、もうどこにも残っていなかった。




