第60話 違和感
王城・大会議室。
祭典関係者だけが集められた室内には、張り詰めた空気が漂っていた。
教会関係者。
祭典実行委員。
警備を担当した騎士団。
そして、四種族の代表たち。
全員が静かにソフィアを見つめている。
ソフィアはゆっくりと一歩前へ進み出た。
「皆様」
「お集まりいただき、ありがとうございます」
一礼すると、静かに口を開く。
「祭典期間中、一連の事件が発生しました」
会議室が静まり返る。
ソフィアは一本指を立てる。
「一件目」
「懇親会で提供されるはずだった葡萄酒が、何者かによって葡萄ジュースへ変更されました」
その言葉に、エルヴィンが目を見開く。
「……あの懇親会は事故ではなかったというのですか」
ボルドも腕を組み、低い声で唸る。
「誰かが、わざと仕組んだと……」
ラグナスも静かに目を伏せた。
「そのようなことがあったとは……」
ソフィアは二本目の指を立てる。
「二件目」
「四種族代表会談において、本来とは異なる席順が記された資料が提出されていました」
会議室がどよめく。
ボルドは険しい表情で口を開いた。
「まさか……」
「我らを争わせるつもりだったのか」
エルヴィンも静かに頷く。
「融和を祝う祭典で、そのようなことを企てるとは……」
ラグナスも静かに続けた。
「もしリアネ殿が気付いてくださらなければ、代表会談は大きく混乱していたでしょう」
ソフィアは三本目の指を立てた。
「三件目」
「四種族へ贈る贈答品が、一時的に持ち去られました」
ラグナスが静かに息を吐く。
「我々への贈答品まで狙われていたのですね」
「祭典そのものを穢そうとしていたのでしょうか」
ソフィアは四本目の指を立てる。
「四件目」
「式典開始直前、祭壇の燭台や装飾が破壊されました」
ボルドが拳を強く握り締めた。
「エリアネ嬢ちゃんの祭壇を……」
「そんなことが許されるものか」
ラグナスも静かな怒りを滲ませる。
「エリアネ様を敬う祭典で、このような狼藉……」
「到底、看過できません」
そして。
ソフィアは五本目の指をゆっくりと立てた。
「五件目」
「昨夜、ロザリオ奉納式で使用する祭壇へ、不審人物が侵入しました」
会議室が一気にざわめく。
「昨夜も事件が……」
「初耳だぞ」
ソフィアは静かに頷く。
「私は祭壇の最終確認へ向かった際、その人物と遭遇しました」
「追跡しましたが、逃走を許してしまいました」
悔しそうに目を伏せる。
「ですが、その際に犯人の腕を掴みました」
「その拍子に、上着のボタンが一つ外れています」
そう言って、布に包まれたボタンを机の上へ置いた。
ラグナスはボタンを見つめ、静かに口を開く。
「奉納式で使用する祭壇にまで手を掛けようとしたのですか……」
その声には、抑え切れない怒りが滲んでいた。
「友好の象徴である奉納式を妨害しようとしたのであれば――」
「エリアネ様が命懸けで築かれた四種族の融和を踏みにじる行為です」
エルヴィンも厳しい表情で頷く。
「決して許されることではありません」
ボルドも机を軽く叩いた。
「まったくじゃ」
「エリアネ嬢ちゃんに対して、あまりにも不敬だ」
その時だった。
「あっ!」
突然、リアネが声を上げた。
全員の視線が一斉に集まる。
「そういえば、そんなことありましたね!」
リアネは驚いたように目を丸くする。
「懇親会のお酒も」
「代表会談の席順も」
「贈答品も」
「式典も」
「私、対応するのに必死だったから、その時は全然気付きませんでしたけど……」
少し考え込んだ後、はっと顔を上げる。
「あっ!」
「全部、誰かがやってたってことなんですね!」
「そうじゃん!」
リアネはようやく事件が一本に繋がったことへ気付いたようだった。
ソフィアは思わず苦笑する。
「……はい」
「私は、その可能性が極めて高いと考えています」
リアネは何度も頷いた。
「なるほどぉ……」
「だから、あんなに続いたんですね」
張り詰めていた会議室の空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
ソフィアは全員を見渡した。
「そして、本日皆様へお集まりいただいた理由は、この件を確認するためです」
一拍置き、静かに告げる。
「恐れ入りますが、皆様」
「上着を確認させていただけないでしょうか」
その一言に。
一人の男の背筋へ、冷たいものが走る。
(まさか……)
(気付かれたのか……)
しかし、その表情は変えない。
周囲では戸惑いの声が上がる。
「上着を確認するだけで犯人が分かるのですか?」
「少々、強引ではないでしょうか」
祭典実行委員の一人が恐る恐る口を開く。
「失礼ですが、大聖女様」
「何か決定的な証拠がおありなのでしょうか」
別の教会関係者も続けた。
「仮に、そのボタンのことでしたら……」
「それだけでは、こじつけと言われても仕方ありません」
会議室のあちこちから賛同する声が上がる。
ソフィアは静かに頷く。
「おっしゃる通りです」
「ボタンだけでは、証拠にはなりません」
その言葉を聞いた瞬間。
犯人は心の中で安堵の息を吐いた。
(助かった……)
(やはり、それだけでは決め手にならない)
張り詰めていた肩の力が、わずかに抜ける。
しかし。
ソフィアは真っ直ぐ前を見据え、静かに続けた。
「ですが――」
その一言で。
会議室の空気は再び張り詰めた。




