第58話 友好の証
厳かな鐘の音が、王城前広場へ響き渡る。
エリアネ大祭、最後の儀式。
ロザリオ奉納式が始まった。
祭壇中央には、初代大聖女エリアネへ捧げる祭壇が設けられている。
四種族の代表は順番に祭壇へ歩み寄り、それぞれのロザリオを奉納する。
最初に前へ進み出たのは、エルフ族代表エルヴィンだった。
ロザリオを胸の前へ掲げ、静かに目を閉じる。
「初代大聖女エリアネ様」
「あなたが種族という壁を越えてくださったからこそ、今の私たちがあります」
穏やかな声が広場へ響く。
「今年も四種族が笑顔で集うことができました」
「ありがとうございます」
そう言って、静かにロザリオを祭壇へ捧げた。
続いて、ドワーフ族代表ボルドが前へ出る。
ロザリオを掲げると、豪快に笑った。
「エリアネ嬢ちゃん」
その親しげな呼び方に、会場が少しざわめく。
しかし、ボルドは気にする様子もない。
「今年の祭りも最高だったぞ」
「お前さんが見守ってくれていたからかのう」
懐かしそうに空を見上げる。
「懇親会では、昔を思い出したわい」
「あの頃は、毎晩のように酒を飲んどったな」
豪快に笑う。
だが、その笑顔はゆっくりと崩れていった。
「……会いたいのう」
「もう一度、一緒に酒を飲みたかった」
震える声が広場へ響く。
続いて、白竜族代表ラグナスが祭壇へ歩み出た。
ロザリオを両手で包み込むように持ち、静かに語り始める。
「エリアネ様」
「人族の皆様からすれば、あなたは神話の存在なのでしょう」
一度言葉を切る。
「ですが」
「私ども長命種にとっては違います」
「あなたは、かけがえのない友人でした」
その一言だけで十分だった。
ラグナスの頬を、一筋の涙が伝う。
「長い時を生きる私たちは、多くの出会いと別れを経験します」
「ですが……」
「あなたほど忘れられない友人は、おりません」
ロザリオを静かに祭壇へ捧げる。
「今年のエリアネ大祭も、本当に素晴らしい祭典でした」
「きっと、あなたも喜んでくださっていますね」
深く頭を下げる。
その姿を見ていたエルヴィンも。
ボルドも。
静かに涙を拭っていた。
三千年という歳月。
人族にとっては神話となるほど長い年月。
しかし、長命種にとっては、大切な友人を偲ぶには十分近い過去だった。
会場にも、その想いは伝わっていく。
すすり泣く声が、あちこちから聞こえ始めた。
その様子を見ていたリアネは、顔を真っ赤にしていた。
(ちょっとぉ……)
(やめてよぉ……)
(そんな立派な人じゃないからぁ……)
両手で顔を隠し、小さく身を縮める。
(恥ずかしいよぉ……)
本人だけが、居たたまれない気持ちになっていた。
やがて最後に。
人族代表としてソフィアが祭壇の前へ進み出る。
ロザリオを静かに掲げ、ゆっくりと口を開く。
「初代大聖女エリアネ様」
「あなたが遺してくださった想いは」
「今も、この世界で生き続けています」
そこまで言葉を紡いだ時。
ソフィアの脳裏へ浮かんだのは、一人の少女の笑顔だった。
市場で笑い。
港で笑い。
孤児院で子どもたちと遊び。
誰よりも楽しそうに人と接する姿。
そして、つい先ほど。
『ソフィアさーん!』
壇下で満面の笑みを浮かべ、大きく手を振っていたリアネ。
思わず笑みが零れそうになる。
(ふふっ……)
慌てて表情を引き締める。
壇下では、その様子に気付いたリアネが顔を真っ赤にしていた。
(ソフィアさん!)
(今、私のこと思い出しましたね!?)
(もうっ……!)
リアネは恥ずかしそうに両手で顔を覆う。
その様子に、近くにいた子どもたちが不思議そうに首を傾げた。
やがて奉納式は滞りなく終了する。
広場は割れんばかりの拍手に包まれた。
今年のエリアネ大祭は、大成功だった。
その光景を見つめながら、ソフィアは静かに胸を撫で下ろす。
(事件は……起きませんでした)
張り詰めていた緊張が、ほんの少しだけ解けていく。
だが、その瞳はまだ周囲への警戒を解いてはいなかった。




