第34話 教皇サンセリテ
白竜皇国使節団との打ち合わせを終えた二人は、
祭典会場をゆっくりと歩いていた。
その時。
一人のエルフが通り過ぎる。
透き通るような白い肌。
風になびく長い銀髪。
思わず見惚れてしまうほどの美しさだった。
リアネは感心したように呟く。
「エルフって、本当に綺麗だよねぇ」
ソフィアも微笑む。
「ええ」
「エルフの中には、一万年近く生きる方もいらっしゃるそうですよ」
リアネは目を丸くした。
「一万年!?」
「人間の私たちからしたら、想像もつかないね」
ソフィアは静かに頷く。
「ご存じとは思いますが、教皇サンセリテ様もエルフでいらっしゃいます」
「約百五十年前」
「大聖女ミュゲ・ジプソフィル様のご遺言により、ナルシス王国の行く末を見守るため、人間の国であるナルシス王国の教皇となられました」
リアネは懐かしそうに目を細めた。
「サンセリテ様かぁ」
「そんなことがあったんだ」
(懐かしいなぁ)
(相変わらず綺麗なんだろうな)
(でも、お酒嫌いなんだよね)
思わず笑みが零れる。
「昔はエルシオン王国の宮廷筆頭魔導士だったのに」
「時代は変わるんだねぇ」
その瞬間。
リアネの笑顔が固まった。
「あ」
(しまった)
(また前世目線で喋っちゃったぁ!)
リアネは慌てて両手を振る。
「あ、いや!」
「だって、サンセリテ様って魔法使いとして魔王討伐隊のお一人だった話は有名じゃないですか!」
「だったら、エルフの国で宮廷筆頭魔導士をされていても不思議じゃないよなぁって!」
「は、ははは……」
乾いた笑いが漏れる。
一方。
ソフィアは静かにリアネを見つめていた。
(やはり……)
(怪しい)
胸の奥に積み重なっていた違和感が、
少しずつ確信へと変わり始めていた。
リアネの話し方は、
文献を読んだ者の口ぶりではない。
まるで、
自分が見てきた出来事を懐かしむように語っている。
(私は……)
(サンセリテ様のお側で長年お仕えしております)
教皇サンセリテ。
約百五十年にわたり教会を導き続けるエルフ。
長寿であるがゆえ、
時折、昔話を聞かせてくださることがあった。
人族がまだ幼かった時代。
各国の興亡。
エルフの国での日々。
どの話も、
長い時を生きた者だけが知る歴史だった。
その中の一つが、
三千年前、
サンセリテがエルシオン王国の宮廷筆頭魔導士を務めていたという話である。
その事実は、
教会の文献にもほとんど残されていない。
サンセリテ本人から聞かなければ、
知ることは極めて難しい話だった。
(もしかしたら……)
(このことを知っている人間は、私だけかもしれません)
それほど秘匿された昔話。
それを。
ベル商会の一人娘であるリアネが、
なぜ知っているのだろうか。
ソフィアは隣を歩く少女をそっと見つめる。
(リアネさん……)
(あなたは、一体何者なのでしょう)
その問いに、
まだ答えはない。
けれど。
胸の奥に芽生えた違和感は、
もはや偶然だけでは片付けられないほど、
大きくなり始めていた。




