第30話 最古の文献
その夜。
ソフィアは王城の客室へ戻っていた。
窓の外には、
静かな夜空が広がっている。
椅子へ腰掛けると、
今日一日の出来事を静かに思い返した。
(リアネさん……)
とても優しい人だった。
誰に対しても分け隔てなく接し、
困っている人がいれば迷わず手を差し伸べる。
教会の失態さえ、
何事もなかったかのように救ってくれた。
だからこそ、
気になることがあった。
(今日のお話です)
リアネが何気なく口にした一言。
『当時も女性の聖職者は一応いたね』
『でも、今ほど発言権は強くなかったのかな』
ソフィアは静かに目を閉じる。
(確かに……)
初代大聖女エリアネ様以前、
男性も女性も『聖者』と一括りに呼ばれていた。
それは広く知られている歴史である。
しかし。
(普通なら)
(聖者と聖女を分ける必要がなかったから、一括りにされていた)
(そう解釈するはずです)
リアネは違った。
まるで、
当時の時代背景を知っているかのように語っていた。
『女性の発言権は、今ほど強くなかったのかな』
その話は、
三千年も昔の話である。
教会最古の文献にしか記されておらず、
一般へ公開されていない。
教皇をはじめ、
教会でもごく一部の者しか知り得ない歴史だった。
そこには、
当時の社会について、こう記されている。
――男性というだけで権力を持つ時代だった。
――女性は、どれほど優れた能力を持っていても、高い地位を与えられることは少なかった。
だからこそ、
エリアネは歴史を変えた。
女性でありながら、
世界中から敬愛される存在となり、
後の世で初めて『大聖女』という称号の象徴となった。
そして、それ以降。
女性の聖者は『聖女』と呼ばれるようになったのである。
(どうして……)
(リアネさんが、そのことをご存じなのでしょう)
ソフィアは静かに考え込む。
もちろん、
可能性がないわけではない。
(ベル商会ほどの大商会なら)
(一般には公開されていない古文書や史料を所蔵していても不思議ではありません)
そう考えれば、
説明はつく。
それでも。
胸の奥の小さな違和感は、
消えてはくれなかった。
エリアネ様のことを語る時の自然さ。
四種族の王たちを知人のように語る口ぶり。
そして、
今日の一言。
(まるで……)
そこまで考えたソフィアは、
小さく首を横に振った。
「……まさか」
そんなこと、
あるはずがない。
それでも、
リアネという少女への興味は、
ますます大きくなっていくのだった。




