第28話 昔話
懇親会を終えた二人は、
王城の廊下をゆっくりと歩いていた。
窓の外では、
王都の灯りが夜空を優しく照らしている。
リアネは満足そうに笑った。
「結局、一滴しか飲めませんでしたね」
「楽しみにしてたんですけど」
ソフィアはくすりと笑う。
「ですが、葡萄ジュースはたくさん召し上がっていましたよ?」
「……言わないでください」
「思い出すとちょっと悲しいです」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらく歩いた後、
ソフィアが穏やかな声で呟く。
「それでも」
「昔、エリアネ様が四種族の友好を築いてくださったからこそ、今日のような懇親会が開けるのですね」
リアネは少し照れくさそうに笑う。
「そうですね」
すると、
ソフィアは少し寂しそうに夜空を見上げた。
「もし……」
「魔王ニコラスが現れなければ」
「今よりもっと友好的な世界だったのかもしれませんね」
「え?」
リアネは思わず足を止めた。
ソフィアはゆっくりと語り始める。
「教会へ伝わる文献によれば」
「魔王時代以前は、今よりずっと四種族の仲が良かったそうです」
「エリアネ様が四種族を結び」
「人々は共に暮らし始めました」
「その後、およそ千年もの間」
「世界は『黄金時代』と呼ばれる平和な時代を迎えたと伝えられています」
リアネは静かに耳を傾ける。
「しかし、その次の千年――」
「竜族から教わった魔法を、魔王ニコラスが悪用しました」
「そして千年にも及ぶ魔王時代が始まったのです」
ソフィアの表情が少し曇る。
「世界は滅亡寸前まで追い込まれました」
「その結果」
「エルフ族も」
「ドワーフ族も」
「そして特に竜族は」
「自分たちの知識が災厄を生んでしまったことへ強い責任を感じ」
「人族に対し、不可侵・不干渉の姿勢を取るようになったと伝えられています」
リアネは言葉を失った。
(そんなことが……)
前世のエリアネとしての記憶には、
魔王ニコラスという人物に心当たりはない。
今世で勉強した歴史でも、
知っていたのは、
約千年にわたり世界を滅ぼしかけた魔王だったということだけ。
その後の詳しい歴史までは知らなかった。
三千年の間に、
そんな出来事があったのだ。
胸の奥が、
ちくりと痛む。
(もし……)
(私が四種族の手を取り合わせなければ)
(竜族が人へ魔法を教えることもなく)
(魔王時代は訪れなかったのでは……)
そんな考えが、
ふと頭をよぎる。
リアネは思わず俯いた。
その小さな変化に気付いたソフィアが、
優しく声を掛ける。
「リアネさん?」
リアネは慌てて笑顔を作る。
「い、いえ!」
「ちょっと昔のお話に聞き入っちゃって」
そう答えながらも、
胸に生まれた小さな痛みは、
しばらく消えることはなかった。




