第26話 自爆
ほどなくして、
ベル商会の店員たちが次々と酒樽を運び込んできた。
人族には葡萄酒。
ドワーフ族には麦酒。
エルフ族には果実酒と蜂蜜酒。
そして白竜族には、
ヴァイスラント帝国産の上質な蒸留酒。
それぞれの卓へ酒が並べられると、
先ほどまで険しかった会場の空気は、少しずつ和らいでいった。
エルフ族の使節が穏やかに微笑む。
「さすがはベル商会のご息女ですな」
「ここまで気配りができるとは」
ドワーフ族の代表も豪快に笑った。
「まだお若いのに」
「わしらの好みまで把握しておるとは、大したもんじゃ!」
リアネは照れくさそうに笑う。
「ありがとうございます」
すると、
白竜族の代表が興味深そうに口を開いた。
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「はい?」
「どうして我々の好みをご存じなのです?」
「お歳からすると、お酒を嗜まれるようになったのも最近でしょう」
「そこまで詳しい理由を、ぜひお聞かせ願いたい」
リアネは何も考えずに答えた。
「だって――」
「ガンドール様が、『俺たちドワーフは麦酒が一番だ!』って言ってましたし」
「アルディオン様は蜂蜜酒がお好きで」
「オルド様は、『寒い国だから蒸留酒が身体に染みる』って仰ってましたから」
会場が静まり返る。
「…………」
「…………」
全員の視線が、
一斉にリアネへ集まる。
「え?」
リアネはきょとんと首を傾げた。
「あ」
(しまった)
(間違えた!)
(前世の感覚で喋っちゃった!)
頭の中で警鐘が鳴り響く。
(みんな)
(『お前、うちらの王様と話したことないだろ』って顔してる!)
(そりゃそうだよ!)
(話したことないよ!)
(今世では話したことないよ!)
リアネは慌てて咳払いを一つした。
「ご、ごほん!」
「じゃなくて!」
「一応、商人の娘ですからね!」
「各国のお酒や食文化は、ちゃんとリサーチしてるんです!」
「商売の基本ですから!」
一瞬の静寂。
やがて白竜族の代表が感心したように頷いた。
「なるほど」
「そこまで調べているとは」
「さすがベル商会ですな」
ドワーフ族も豪快に笑う。
「はっはっは!」
「商人というのも大変じゃのう!」
会場にも笑い声が広がり、
張り詰めていた空気はすっかり和やかなものへ戻っていった。
リアネは愛想笑いを浮かべながら、
心の中では胸をなで下ろしていた。
(危なかったぁ……)
(自爆するとこだったぁ……)
(普通に考えたら)
(お酒を飲み始めたばかりの女の子が)
(四種族のお酒の好みを知り尽くしてたら怖いよね)
(うん)
(絶対怖い)
一人で何度も頷く。
(……まあ)
(ちゃんと誤魔化せたし)
(よかったよかった!)
満足そうに小さく微笑んだ。
一方。
ソフィアは静かにリアネを見つめていた。
(リアネさん……)
(今のお話……)
(まるでガンドール様やアルディオン様、そして白竜皇オルド様と、直接お話しされたことがあるかのようでした)
もちろん、
そんなはずはない。
四種族の王ともなれば、
一般の人々が一目お目にかかることさえ叶わないほど遠い存在なのだから。
それでも。
リアネの話しぶりは、
伝承を語る者のそれではなかった。
まるで、
親しい友人との思い出を語るかのような、
あまりにも自然な口ぶりだった。
ソフィアの胸には、
説明のつかない小さな違和感が、
一つ静かに積み重なっていくのだった。




