第25話 ベル商会
重苦しい空気が会場を包み込む。
誰も動けない。
誰もが教会の対応を見守っていた。
その時だった。
「皆さん!」
凛とした声が会場へ響く。
リアネだった。
参列者たちの視線が一斉に集まる。
リアネは堂々と前へ進み出る。
「私の商会に、お酒なら沢山あります!」
「すぐにお持ちしますね!」
その一言に、
会場がざわめいた。
「本当か?」
「もちろんです!」
リアネは力強く頷く。
「お料理は、もう並んでいます」
「今から宴をやり直す時間はありません」
「だから、一刻も早くお酒をご用意します!」
そう言うと、
リアネは懐から小さな手帳とペンを取り出した。
商人の娘として育った彼女にとって、
思いついたことを書き留めるのは幼い頃からの習慣だった。
迷いなく必要な酒を書き込み、
近くに控えていたベル商会の店員へ紙を手渡す。
「すぐに手配して!」
「はい!」
店員は紙へ目を通した。
そこには迷いのない字で、必要な酒が記されていた。
――人族 葡萄酒
――ドワーフ族 麦酒
――エルフ族 果実酒・蜂蜜酒
――白竜族 蒸留酒
店員は一瞬だけ目を丸くする。
「お嬢様……」
「本当にこれでよろしいのですか?」
リアネは即座に頷いた。
「ええ」
「せっかく四種族の皆さんが集まってくださっているんです」
「それぞれが一番好きなお酒で乾杯していただいた方が、きっと喜んでいただけます」
店員は嬉しそうに笑った。
「承知いたしました!」
「すぐに手配いたします!」
店員は勢いよく駆け出す。
それを合図に、
ベル商会の者たちも一斉に動き始めた。
「第一倉庫へ!」
「葡萄酒を運べ!」
「麦酒もだ!」
「蜂蜜酒と果実酒を忘れるな!」
「ヴァイスラント帝国産の蒸留酒があったはずだ!」
「急げ!」
統率の取れた動きに、
各国の使節団は思わず息を呑む。
「さすがベル商会だ……」
「この対応の速さ」
「王国最大の商会は伊達ではないな」
先ほどまで張り詰めていた会場の空気が、
少しずつ和らいでいく。
ソフィアは静かにリアネの横顔を見つめていた。
(私を助けようとしてくださっている……)
その優しさに、
胸の奥が温かくなる。
一方のリアネは、
そんなことなど気にも留めず、
頭の中では次の段取りを組み立てていた。
(急がないと)
(せっかくのお料理が冷めちゃう)
(皆さんに、美味しいお料理と美味しいお酒を楽しんでもらわなきゃ)
それが、
ベル商会の理念。
――商いで人を幸せにする。
そして、ふと一つ思い出した。
(そういえば……)
(王城の近くに支店があってよかったぁ……)
もし本店から運ぶことになっていたら、
この人数分のお酒を用意するには時間が掛かりすぎていただろう。
リアネは誰にも気付かれないよう、小さく胸をなで下ろした。
「……間に合いそう」
その安堵の呟きは、
宴のざわめきの中へ静かに溶けていった。




