ご飯は大事(3)
あたしは久しぶりに神殿の自分の部屋に入った。
空気が埃っぽい。掃除が全然されていないんだ。
廊下を通りかかった小間使いに、なぜやらないのかと訊くことにする。
「あなた方は、なぜこの部屋だけ掃除をしないのですか?」
忌々しいことに、叩き込まれた聖女っぽい口調が飛び出した。
小間使いは「はっ」と鼻で笑う。
「孤児は自分でやればいいと、いつも言っていますよね?」
聖女に対して、この態度――
平民の小間使いすら、孤児出身の聖女を見下している。
ここで、きっちりわからせないといけない。
先ほどの話し合いで使った通信道具を、しばらく借りた。だから、今、足元に置いてあるのだ。
すっと屈んでスイッチを入れた。大神官は忙しいので、その下の神官が聞いているはずだ。おそらく、みんなで使う執務机の近くに置いてあるのだと思う。
「あなたはなぜ聖女を軽んじるの? あなたが代わりに結界を張ってくれるとでも言うのかしら? それとも、あなたとご家族は結界が必要ないのかしら?」
これは聖女による脅迫だ。普通なら許されないのだろうが、こいつらの態度も許されないのだからお互い様だ。
もう一人の小間使いが近寄って来た。
「おい、なんだ『出来損ない』と揉めてるのか」
「こいつが部屋を掃除しろって命令すんだよ」
「じゃあ、こうしてやれば?」
男の小間使いは、女の小間使いのバケツから雑巾を取りだし、あたしの顔に向かって投げつけた。
べしゃっ。
水分を含んだ雑巾が叩きつけられる嫌な音。そして、汚れを拭ってきた匂い。
足元に力なく落ちて、水滴を撒き散らした。
「聖女の顔めがけて雑巾を投げつける……。ケーニヒシュタット神殿の小間使いは、そういう教育を受けているのですか?」
「あははは。今さら何を言ってるんだ。いつものことじゃねぇか!」
「くふふふ、久しぶりで忘れちゃった? お貴族様の家に滞在したからって、あんたは路地裏の薄汚い鼠のまんまよ」
小間使いたちは、自白にも等しいと気付かずにしゃべり続ける。
通信道具の向こうで、大神殿の神官たちはどんな顔をして聞いているのだろう。
「あれ、雑巾、当たってない?」
小間使いの女が身を乗り出して、怪訝そうな声を出した。
「……ばーか。結界を張ったに決まってるだろ」
あたしが口調を変えると、二人揃ってギクリと顔色が変わった。ホント、考えなしに甚振ってきたんだろうな。
足元の雑巾を拾い、振りかぶって女の顔に向かって投げ返した。べちょり。
布が人の顔に貼り付いていて、立体的な形になっている。
「お前ら、路地裏の連中以下だな。聖女にしかできない仕事があるって、なんでわかんねぇの? 何年神殿で働いているんだよ」
二人がぎゃーぎゃー騒ぐので、人が集まってきた。いつもあたしを馬鹿にしている奴らだから、小間使いに加勢してあたしを非難していく。
すべて、大神殿に聞かれているのに。
あたしは、できるだけ相手の名前を言いながら反論した。きっと、大神殿側で書き留めて、後で処罰してくれるはず。……ちゃんと聞いてるよね?
力のない平民だって、集団になれば力を持つ。怒鳴り声は、こちらの気力を少しずつ削っていく。
今まではこんな奴らでも怖かった。それと食事が足りなくて、頭も回っていなかったんだと思う。本気を出せば、こんなやつら敵じゃないのに。
あたしは自分の周りに薄い結界を張った。深呼吸をして、生まれ変わった自分を思い浮かべる。
クララに励まされ、肯定してもらった。侯爵や第三王子に、知識と後ろ盾をもらった。
もう、一方的になぶられて、利用されるあたしじゃない!
「おい神官。これもお前らの教育の成果か?」
先ほどとは違う神官が通りかかったので、こちらから罵声を投げかけてやる。
「はぁ? お前なんか、聖女と言われてもスラム街のガキだろう。屋根の下で眠れるだけ、ありがたいと思え」
「そこまで愚弄するとは、お前が結界を張れるのか。お前には特殊な能力があるのか?
神殿の役割には、聖女の保護も含まれる。それすら知らないのか。不勉強だな?」
「……お、俺は貴族だぞ」
「それがなんだ。神殿に所属した瞬間に、世俗での地位を放棄したはずだが? そんな基本も忘れたのか」
あたしが言い返したことで、「生意気だ」「やっちまえ」と野次馬たちも激昂していく。
「このっ!」
言葉に詰まった神官は、拳で語ろうとしてきた。
今までは反省房に入れられて食事を抜かれるのが怖くて、大人しくしていた。
後ろ盾を得たし、最悪でも二週間後には王子が助けてくれる。
拳、上等だ。頭を振ってへなちょこパンチを避ける。
「遅い!」カウンターで神官の顔面に拳を叩き込んだ。
「ぐえっ」
「きゃあー」
神官の潰れた声と下働きの悲鳴が、仲良く重なった。
ああ、スラム街の暴力と、泥と血の世界。
聖女だと言われて、きれい事を掲げる神殿の世界に合わせてきた。けれど、そちらも表面上は暴力を否定しているが、無法地帯じゃないか。
もう、遠慮はしない。




