ご飯は大事(4)
「何をしている!」
先ほど、会議で墓穴を掘った神官が駆けつけてきた。顔に「またお前か」と書いてある。
彼は通信道具が起動していることに気がついたようだ。
軽く咳払いをして、何があったのかと質問してきた。今までだったら、問答無用でカティを怒鳴りつけていただろう。
「こいつが悪いんでふ!」
カティに殴られた神官は、口元を押さえた。口の中がおかしいのかもしれない。
「小間使いが、聖女の部屋の掃除を拒んだので、注意をしました。そこに通りかかった神官が、小間使いの肩を持ち、スラム育ちとあたしを馬鹿にし、暴力を振るおうとしたので返り討ちにしました」
カティは冷静に答える。
「ふざけるな。クソ生意気な女め」
女の小間使いは、座り込んだままの神官を支えながら、呟いた。身分的に、発言しにくいようだ。
「いい加減にしたまえ。下働きが職務放棄し、神官は暴言を吐くなど、許されないぞ」
駆けつけた神官は、大神殿を意識して模範的な態度を示そうとしている。
「ど、どうされたのですか? いつも貴方も言っているじゃないですか。特別な力があるというだけで、思い上がらせたらいけないと」
「そうですよ。何なら、『部屋のものを壊して、身の程を思い知らせてやれ』とおっしゃったじゃないですか?」
神官も小間使いも梯子を外されて、慌てて余計なことを口走る。
「ごほん。まったく何を勘違いしているのかね。小間使いのくせに生意気なことを言うな。しっかりと聖女様方の部屋を掃き清めるのだ。
お前は神官としての心構えがなっておらんな。基礎から学び直せ。いや、聖典を持って反省房に数日入っておけ」
「なんでですか? 今までは掃除しないことを褒めてくださって……」
「黙れ!」
バシンと平手打ちの音が響いた。女の小間使いの体が、壁に叩きつけられる。
「ぼ、暴力はいけないと思います」
カティに殴られた神官が、小間使いを庇った。
「……ねぇ。あたしは暴力が支配するスラムで生きてきた。神殿に来て、暴力はいけないって教わった。
それに従おうとしたけど、あたしだけ世話されないし、相変わらずひもじいし、どうすればよかった?
結局、暴力しかないじゃん」
カティはやり場のない怒りを、言葉にした。
神官たちは誰も答えない。
通信道具から声が聞こえた。
「神からの試練です」
殴られた神官と小間使いは、ただの箱だと思っていたので、飛び上がった。
「夜会できっかけがなかったら、あたしは今でも暴力を振るわれてたよ。こいつらはあたしが反撃しなければ、やり続けるつもりだった。
『神』なんて、役立たずだね?」
「神と神殿の組織運営は、分けて考えなければいけません」
「屁理屈だ。恵まれた人たちは理想を語って、気持ちいいんだろうね。そんなの、ただのお遊びにしか思えない! どうしてスラムにいる人間は救われないの? どうして、こいつらを野放しにしているの?」
カティは叫んだ。
「神を信じる者は、信じることで利益を得る人たちじゃん。あたしは信じてもいいことがなかった」
「それでも、あなたは侯爵家に出会い、われわれ本部に助けを求めることができました。その幸運を、他の人にも分け与えるのです」
「間に合わなかった子たちが、それで納得すると思うの? 神殿がこんな腐敗してなかったら助かった命もあるんだよ?」
「我々は不完全な人間です。聖女といえど、全ての人を救うことはできないでしょう。できる範囲で、最善を尽くすのです」
「こんなに敵意を向けられて暮らすの、嫌だよぉ」
カティは泣きべそをかいた。侯爵家で安心して暮らせることを知ってしまったから、もう耐えられないと思った。
本部の神官は、こちらの神官に厳重注意を促して、話をまとめた。
「聖女カティ、調子に乗るなよ」
通信を切った途端、神官が青筋を立てて、脅し文句を吐いた。
環境が変わるかもしれないを期待したカティだったが、現実を叩きつけられた。
「本部の神官に平謝りしていたくせに、反省もしていないのかよ。
調子に乗るなって? はは。それはこっちの台詞だ。替えのきく神官と、聖女。どちらが神殿に必要か、質問してみれば?」
カティは捨て台詞を吐き、通信道具を奪われないように急いで部屋の扉を閉めた。
しばらく扉を叩いたり、蹴ったりする音が聞こえていたが、カティは耳を塞いで無視を貫いた。自分の方が強いとわかっているのに、心臓がばくばくと大きな音を立てた。
その夜、通信道具を抱えて、カティは侯爵家へ逃げ帰った。
「……寝首をかかれそうだから、逃げてきた」
侯爵家も王家も、今後の段取りが狂うと、頭を抱えることになった。カティが神殿の内部にいる状態で改革に協力するつもりが、これでは全面対決になりかねない。
ルドルフは自分の名誉回復が関わっているので、慌てて侯爵邸を訪れた。
「君は結界が張れるんだから、もう少し我慢できないかな? 食事は差し入れるから。護衛もねじ込もう。君が神殿にいてくれたら、それだけ改革が早く進められるんだよ」
ルドルフは王族らしく、説得の形でやんわりと命じた。
カティは眉を寄せ、口を開け閉めする。言い返したいが、上手く言葉が見つからない。自分がわがままなのだろうか、と不安になっていく。
「ルドルフ、あなただけはそれを言う資格がありませんわ」
クララが冷たく言い放った。
そう、婚約を勝手に破棄しようとしたルドルフには――
「あ! ……すまない」
「人は、簡単には変われないんだね」
カティが、ぽつりと言った。
「……王子様も。あたしも」
「いいえ」
クララはカティの手を取り、優しく語りかける。
「小さくても一歩踏み出したのです」
クララはちらりとルドルフに目をやり、淑女の笑みを浮かべた。
「わたくしも簡単に見限るのをやめて、一旦保留にしましたし――」
「……保留?」
ルドルフは許されたわけではなく、試されていると知り、肩を振るわせた。
一旦、ここで完結とします。
続きを書きたい気持ちもあるのですが、カティを「キャラぶれ」しないようにコントロールするのが、思った以上に難しかった……。
難産の作品ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。




