ご飯は大事(2)
ローゼンブルク侯爵は、宗教を研究している学者を呼んできた。聖女の待遇改善運動をすることにした。
そこに、この運動を利用して、第三王子の評判を回復しようという計画が上乗せされた。
第三王子ルドルフと侯爵令嬢クララとの婚約を、継続することになったためだ。
聖女カティは侯爵邸に避難して、きちんとご飯を食べさせてもらってから力が増している。学者に調べてもらったから、気のせいではない。
カティは王都ケーニヒスシュタットに結界を張っている。薄くなる箇所を感知して補強するのだが、結界の持続時間が延びたのだ。
「儀式にかかる時間が減った! 終わった後にヘトヘトになってない気がしたの、気のせいじゃなかったんだ」
クララのお下がりの服を着たカティは、ぴょんと跳ねた。
「僕たちも、神官たちの言葉をそのまま信じていたよ。『聖女は自ら清貧を望む』と言われて、『普通の人間とは違うんだな』と納得していた。
疑問を持つべきだったんだ」
学者は、そう言って反省していた。
「あの人たちは質問しただけで、『神を疑うのか』って怒り出すからね。
ん~、体が重たくないって、いいねぇ」
カティは指を組んで腕を伸ばし、体をほぐす。脇の布が引っ張られて、糸が軋む。
「おっと」
布も糸も上等だから、破れたり切れたりはしないが、服が悲鳴をあげそうだ。
クララに、「殿方の前で、そんな格好をしてはいけません」とたしなめられた。
「なるほど。令嬢の服は、動けない服なんだ」
そう言ったら、クララが困ったように眉尻を下げた。
それらの資料を揃えて神官たちに突きつけるべく、神殿へ向かった。
カティはあの日、夜会で着ていた聖女の服を着た。ガリガリだった体が、健康的になったことを改めて実感する。
神殿は、ヴァイスバッハ神聖国にある大神殿を中心として、各国に地方神殿が置かれている。
カティが所属するケーニヒスシュタット神殿は、その地方神殿の一つだ。
カティを先頭に、宗教学者とルドルフが話し合いのテーブルについた。ルドルフの護衛や城の文官がその後ろに控えている。
テーブルの上には紙の資料や道具が並べられ、準備万端で話し合いに挑んでいることがわかった。
対して神殿側は、ケーニヒスシュタット神官長と二名の神官が出席している。誰も資料を用意せず、仕方なく時間を作ったということを態度で示していた。
以前のルドルフだったら、神官たちの無礼を指摘しただろう。
だが、クララに「苛立たせる戦法もある」と教えられた。クララにもらったハンカチを握りしめ、心を落ち着かせる。
「では、この神殿の聖女から生活環境を改善して欲しいという要望が出された。国の防衛に関わる重要な案件として、王家がこれに介入する。異存はないな?」
「第三王子殿下におかれましては、ことのほかその聖女をお気に召したご様子。そのような私的な思惑で、神聖な神殿に物申すのはいかがなものでしょうか」
「なっ!」
ルドルフの顔が赤くなる。
「神官長、情報が古いです。それは単なる誤解だったと、王家とローゼンブルク侯爵家は和解し、婚約も継続しています」
カティは、落ち着いて丁寧に話すことを心がけた。乱暴な言葉遣いは、相手側に有利に働くことがあるとクララに言われたのだ。
用意した資料を、ルドルフが王家の代表として神殿側に提示した。
過去の聖女の暮らしぶり、他国の聖女の状況と、カティの変化がまとめられている。
「こんなものが何になると言うのですか。どうせ、自分たちに都合良くねつ造したのでしょう」
神官長が、ばさりと乱暴に調査資料をテーブルに置いた。王家よりも神殿の方が偉いと思っている、傲慢な態度を隠そうともしない。
もしくは、評判が落ちている第三王子を舐めているのかもしれない。
「状況を改善してほしいという、話し合いにすら応じる気がないのですか?」
「ふん。聖女など、我々の言うことを聞いていれば良いのだ」
反省してくれたらよかったけど、まあ、予想どおりの展開だ。
「はい、暴言いただきました」
カティはにっこりと笑った。心の中では「ふざけんな、ウジ虫!」と叫んでいたが……。
「なんだと?」
神官長は眉をひそめ、威圧的な声を出した。
「大神官さま、お聞きになりましたか?」
カティは、学者が机の上に置いていた箱へ声をかける。
すると、箱から返事が返ってきた。
「ええ、聞こえました。信じたくありませんでしたが、本当に聖女たちを虐げているのですね」
各地の神殿を束ねる総本山、大神殿の大神官の声だ。
堂々と見えるところに置いていたから、「騙したな」とも「卑怯な」とも言いにくいはず。
カティは興奮する心を抑え、神官長の顔を見た。目を見開き、青ざめている。先ほどまでの態度が嘘のようだ。
今回の交渉に当たり、カティは神殿の組織図を勉強させられた。この地方神殿の一番偉い人に掛け合っても握りつぶされるだろうから、大神殿の偉い人に訴えようということになった。
「あ、いえ、これはたまたま……。あまりにも結界の聖女が我が儘なので、厳しくせざるを得ないのです。スラム育ちは手に負えなくて……」
神官長は、まだ言い繕えると思っているらしい。
「雑穀がゆしか食べさせてもらえないのです。聖女管理部から出ている食費が、何に使われているか、気になりませんか?」
カティは箱に向かって語りかける。視界の隅に、鬼の形相になった神官長が見えた。
侯爵が、神殿の予算の流れを教えてくれた。神殿の維持費とは別口で、聖女を守るための予算があるらしいのだ。
「わかりました。事実確認のためにも、監査の人間を派遣しましょう」
大神官が、そう言った。
監査の人が、この神官長のような考え方をしていたら意味がない。けれど、今ここでそれを指摘しても仕方ないと、カティは現実的に考えた。
「その人たちが来るまで、雑穀がゆ生活は継続ですか?」
そうなれば、せっかく手に入れた健康も、増えた力も元に戻ってしまう。
「現神官長の権限を一時凍結し、公平な者が采配を振るうように手配します。そのような状態を黙認していた者たちは、適切に処分しましょう。
ですから、王家の介入は待っていただきたい」
大神官はカティたちの主張を受け入れたというより、王家の介入を防ぎたかったらしい。
「王家としても、神殿をかき回したいわけではありません。宝とも言うべき聖女たちの待遇が適切であれば」
大神官とルドルフが駆け引きをする横で、カティは神官長に話しかけた。
「まあ、処分ですって。『お前たちなんか、私の一存でどうにでもしてやれるんだぞ』という台詞を、大神官様に言われちゃいましたね」
神官長はカティに返事をせず、箱に向かって声を張り上げた。
「大神官さま! 私の今までの献身を考慮してください。年若い聖女たちはしっかりと管理しないと、手に負えなくなります。すぐに生意気なことを言い出しますよ」
「ちょっと待ちなよ。献身じゃなくて、弱い者から成果を奪い取っただけだろうが。この期に及んで、悪いことをしたという自覚がないのか。
呆れてものも言えないね。しかも聖女たちを栄養失調にさせて、何が管理だ。この能なしめ!」
カティは頭にきたので、上品なふりを脱ぎ捨てて、言い返した。
「なんだと? 侯爵閣下に一時的に保護されて、いい気になっているようだな。神殿に戻ってきたら、また躾のし直しだぞ」
神官はカティに釣られたのか、我を忘れたのか――いつものように暴言を吐いた。
「口だけ達者な腰抜けが! お前こそ、その勘違いを修正して出直しな!」
カティは暴言を大神官に聞かれても、怖くない。神殿を追い出されたって生きていける。
こうして口喧嘩していると、昔を思い出して血が騒ぐ。相手の急所を探り、とどめを刺さなければいけない。この場合、何が致命傷だ?
――と、カティは頭を巡らせた。
そして、箱を通して大神官に話しかけた。
「大神官様。もし、これで改善されなかったら、この国の王族に訴えます。
王族に神殿への介入を許したくなかったら、きちんと待遇改善をしてください」
神官長よりも立場が上の人からの圧力。神官長には、これが一番嫌なことだろう。
「……。わかりました。神の名を借りて不正に手を染めたならば、しっかりと処罰する必要がありますね」
「はい。ありがとうございます!」
カティは元気よく返事をしてから、ルドルフに小声で囁いた。
「大神官の言質を、いただいたぜ」
破天荒な聖女に、ルドルフは苦笑を漏らした。この聖女を助けようだなどと、少し前の自分は何も見えていなかったなと。
「それと、この通信道具は王家からお借りしました。立ち会いの王族も聞いていますし、文官が記録を取っていますので」
カティは大神官に釘を刺すことも忘れなかった。
「……そのようなことは、最初に言いなさい」
さすがに大神官は感情を荒げたりはしなかった。
通信道具のスイッチを入れたのは、自己紹介が終わってから。ルドルフの発言が聞こえていても、第三王子ということはわからなかったのだろう。
だまし討ちのような形になったが、怒りを現わすことなく、人格者のように振る舞っている。
「ああ、そういうものなのですね。以後気をつけまーす」
カティはしらばっくれて、軽く返事をした。
話し合いが終わって、ルドルフたちは帰っていった。二週間くらい経ったら、改善されたか確認に来るそうだ。
ここまでやられたら、神官長たちもさすがに反省するか。 それとも……?




