ご飯は大事(前編)
聖女カティはローゼンブルク侯爵家の図書室にいた。
何の対策も立てずに神殿に戻ったら、また清貧生活を強要されるだろう。神殿には「体調不良のため、侯爵邸で療養する」と届けた。
過去の聖女たちの記録を調べ、解決の糸口を探ることにした。第三王子には、王家の資料を当たってもらう。
都合よく欲しい情報ばかりが書かれた資料などはない。災害の記録や、予言、戦争の記録の中から、少しずつ聖女の記述を拾っていく。
侯爵令嬢クララと第三王子ルドルフは学園に通っているため、調べに費やせる時間は多くない。
カティは早朝に結界を施す祈りを捧げ、神殿から苦情が来ないように気をつけていた。
そんなことをしていたら、あっという間に時間は過ぎていく。
案の定、昔の聖女は普通に暮らしていることがわかった。通いで聖女をやっていた人もいるし、普通にご飯を食べている。
百年前の聖女は、地方巡業で美味しかった物を書き留めていた。手書きで複写したものを、他の地方神殿の聖女たちに配っていたくらいだ。
「この料理、美味しそうですね」
侯爵令嬢のクララは百年前の「美味しい物一覧」を読みながら、羨ましいと言った。
「クララなら、現地へ食べに行くことができるんじゃないですか?」
カティは、貴族ならお金があるのでその土地に食べに行けばいいと思ったのだ。
「貴族だからこそ、気軽に行けないという面もあるのよ。
まず、敵対派閥の領地は難しいでしょ。
それから、旅行に行くなら、そこの領主に挨拶に行くか行かないか。周囲に仲がいいと思われても大丈夫か――」
クララは指を折って数えていく。
「それは面倒くさいですね」
「ふふ、貴族も窮屈なところがあるのよ」
そんな和やかな会話を楽しみつつも、カティには許せないことがあった。
「それにしても、清貧なんて、誰が言い出したのでしょう」
カティは軽く咳払いをすると、言葉遣いを崩した。
「あの、クソ神官どもめ。意味のない倹約を押しつけてきやがって。許さん!
――といっても、あたしは飢えるのに慣れているから、可哀想なのは平民出身の聖女なんだよね。
豊穣の聖女なんか、神殿に来たときはふくよかで幸せそうな顔をしていたのに、痩せて元気がなくなっちゃった」
カティは侯爵邸に来てから、顔色が健康的になった。声にも張りが出て、儚い風情は薄れつつある。
「貴族出身の聖女は、家からの差し入れを内緒で食べてる。神官たちも、お裾分けをもらっているから黙認しててさ。そーゆうの、ずるくない?」
カティは拳を握り、腕を曲げて力説する。少しずつ肉がついてきた腕に、ようやく力こぶらしきものができた。
「結局、神殿の中も金次第という状況なんだよ」
「ひどいわね」
クララは、カティの取り皿に焼き菓子を入れてあげた。ようやくバターをたっぷり使ったお菓子を食べられるようになったのだ。
最初は胃が受け付けず、えづいていたのをクララは思い出していた。
その後ろでは、侍従が冷や汗をかいていた。貴重な蔵書を汚さないよう、声をかけるべきか迷いながら……。
ひとしきり喚いたカティは、乱れた息を整えた。紅茶を飲んで、焼き菓子を一口。
「バターの香りが鼻に抜けるぅ。ああ、至福……神に感謝!」
一人っ子のクララは、妹ができたような気持ちになり、微笑んだ。




