贖罪
チャリッ、チャリッとロザリオの珠を繰る音がする。聖女カティは口を開かずに、ソファーに座っていた。
その隣で、侯爵令嬢クララは紅茶にミルクを入れて、スプーンでスッとかき混ぜた。
彼女たちの向かいに座っているのは、第三王子ルドルフだ。
先日の夜会でクララに言いがかりをつけたため、二人の婚約は風前の灯火となっている。
「聖女殿は、どうして同席しているのかな?」
ルドルフは声を震わせながら、そう問いかけた。
「それは、未婚の男女を二人きりにするわけにはいかないからですねぇ」
チャリッ、チャリッ。
先日、ルドルフは夜会で「聖女カティを救うのは自分だ」と、見当違いなことを宣言した。
それをカティ本人に否定され、恥ずかしい思いをしている。
「婚約者同士の話し合いなので、遠慮してもらえると……」
「はぁ? どの口がほざいているんでしょうか。婚約者であるクララの悪口を、言っていませんでしたっけ?」
潤んだピンクの目と、口の悪さが実にアンバランスだ。
「だから、その詫びに来たのだが……」
「なら、さっさと謝んなよ。また失礼なことを言うようなら、突っ込んであげるからさ」
聖女はロザリオの直線部分を持ち、輪になった方をぶんぶんと振り回し始めた。まるで投げ輪のようだ。
「それ、そういうふうに使うものじゃないよね?」
暗に振り回すのをやめて欲しいと言っているのだ。
「はあ、まあ、そうですね。
ですが、邪なものをぶっ叩くのに使うことは、お許しくださると思うんですよねぇ」
「よ、邪なもの?」
「はい。自分の都合しか考えていないクソ野郎とか」
カティの目はすっかり据わっている。本気で、失言があったらロザリオでしばく気なのだ。
「……ごめんなさい」
ルドルフは蚊の鳴くような声で、ようやく謝罪らしき言葉を口にした。
「はい。それは何に対してのごめんなさいでしょーか?」
カティはロザリオを振り回すのは、さすがにやめた。だが、いつでも殴れるように、手に持ったままだ。
クララは扇を顔の前に広げ、肩を振るわせていた。
「クララを誤解していた」
「ほう。それから?」
「夜会で怒鳴りつけてごめん」
「あんなのは、紳士的な行いではないな」
クララ本人は黙ったまま。ルドルフとカティの会話が続く。
紳士的ではないと言われても反論できないルドルフは、苦悩するように、きつく目を閉じた。
「……その通りです」
「お前、クソつまんねぇ奴だな」
カティがロザリオを手のひらの上で弄び、ジャラジャラと音を立てた。
「……はい?」
「なんか、もう、飽きたわ」
カティがすっくと立ち上がる。
「後は二人で話し合いなよ」
「だから、最初からそうしたいと言っていたじゃないか」
毒気を抜かれて、ルドルフが愚痴る。
「それはあんたの希望でしょ。悪いことした方の望みを叶えてやるのがムカつくから、邪魔してただけ」
カティはロザリオを自分の首に掛けると、その場で伸びをした。
「そうだ。乱暴なことをされないように、クララに結界を張っていくね」
「まあ、ありがとう」
「失礼なことを言うな」
「それくらい、あんたの信用が地に落ちてるんだって」
カティは入り口の方に歩き出し、ふと立ち止まって振り返る。
「あのさぁ。あんた、何がしたかったの?」
「それを言われると……ヒーローになりたかった――のかな?」
「疑問形で言われても知らんけど。
ビシッとケジメつけなよ。信念を持ってさ。
あたしは、食事が改善されるまで戦うし。
人から見たらくだらなくても、自分で決めて、考えて、動けよ」
「あ、はい。そう……ですね」
「胸に手を当てて、自分に恥じない答えを見つけなさい」
カティは急に聖女らしい言葉遣いになり、胸のロザリオを触った。
「神殿が聖女の処遇を見直すよう、やってみる。きっと、君を守るよ」
「そういう言い方は誤解を生むって。第三王子という立場で、どこまでできるもんかな?」
「それを言われると……それほど権限は持っていないけれど。でも、君の憂いの原因が神殿だと知ることができたわけだから、今度は見当違いなことはしないよ。
悩みを聞いて、励ましてくれた君に、恩返しがしたい」
ルドルフは自分の膝に置いた手を握り、力強く言い切った。
「決意とか感謝とかが混じって、とっちらかってるけど、大丈夫?
んじゃあ、期待しないで待ってるわ。他の聖女たちは今日も雑穀がゆだけかもしれないし」
カティは今度こそ、部屋を出て行った。
「聖女らしい言葉を使うと、本当に神々しい。だから、中身がこういう感じだとは、想像もできなかったよ。
しかし、神殿の問題は根深そうだ。さて、どこから手をつけるか……」
扉が閉まると、ルドルフは緊張が解けたように、息を吐いた。
「ルドルフ殿下。あなたの贖罪はすんでいませんわよ」
まるで謝罪相手がカティだったかのように気を抜いたルドルフを、クララは嗜めた。
「……はい。その通りです。クララ、本当にすまなかった」
ルドルフは潔く頭を下げた。
「もう、子どもではないのですから、しっかりなさって。
まずは、王族だからできることや、カティに期待された分をどうするか……。
わたくしも一緒に考えますから」
「ありがとう!」
ルドルフはテーブル越しにクララの手を握ろうとした。婚約者に見捨てられなくてよかったと、感謝の気持ちを伝えようとしたのだ。
だが、クララにはカティが張った結界がある。
ルドルフはその結界に勢いよく手を出して――突き指をした。
「もう許されたと思うのは、早すぎます」
クララが呆れたように言った。




