聖女は心まで聖女
「ようようよう、王子様よぉ。そりゃあ、ないんじゃねぇの?」
王宮の夜会は、ガラの悪い言葉で静まりかえった。
声が聞こえた方には、白い神官服を着た清楚な女性が立っている。多少目つきは鋭いが、とても彼女の発した台詞とは思えなかった。
「……わたくしの聞き違いかしら」
戸惑うような夫人の声がする。五人ほど並んでいる聖女たちは、同じ服を着て、同じ姿勢で立っている。
「ええ、きっとそうね。下町で聞くような、品のない言葉などありえませんわ」
小さなささやきが、却って耳に付く。
「品がなくて悪うございましたね。こちとらスラムで暮らしていたんで、お上品なのは外側だけで、聖女なんて柄じゃなんですよ」
間違いなく、聖女がしゃべっている。
彼女の目の前にいる第三王子は、愕然とした顔を晒していた。
「あり得ないのはてめえだっつーの、王子殿下。なにが『婚約者を断罪して、君を救いたい』だ。断罪するなら、そこらでむさぼり食ってる神官たちをやれって」
「は、何、君は、何を……」
第三王子の足が震えだした。
「あのさぁ。あたしが清楚に見えるのは、『聖女』っつー仕事だから。神官の糞野郎どもに、飯を人質にされ、鞭でしばかれながら叩き込まれたんだよ。
もし結婚したとしてさ、プライベートまで清楚なことを求められたら堪らねぇの。そこんとこ、わかる?」
人差し指で、第三王子の顎を上げるように掬う仕草は美しかった。
「華奢でか弱いのはサァ、肉も食わしてもらえてないからだわ。神官どもはバクバク食ってるくせに、神聖な聖女は雑穀がゆでケガレに触れないようにだと。
つまり、神官どもは穢れまくってるわけさ。要る? そんな奴ら、神殿に要るわけ?
そもそも、貴族と癒着しまくってる神殿が、必要かって話じゃん」
聖女は、青ざめている第三王子と神官たちを順番に見ていった。
「反論は?」
一人の神官が、聖女を指差して厳めしい声をあげた。
「神に対する侮辱だ。教育が足りなかったようだな」
聖女はその神官を睥睨し、髪の毛を覆い隠している布を取った。
「はん。神に対して不敬なのはそっちの方だろうが。神様の名前を出して、弱っている人に付け込んで金を巻き上げている罰当たりは誰だ?」
聖女が首を振ると、美しい銀髪が揺れた。
布を床に放り捨て、両手を組んで天井に向け、「ん~」とつぶやきながら伸びをした。
「もう、いっか。付き合ってらんねーぜ」
聖女が自分の肩に手を置き、腕を回すとポキポキと音がした。
「あ、あいつの口を塞げ!」
別の神官が怒鳴った。
「そうはイカの……」
聖女はニヤリと悪党のような笑みを浮かべる。フォンと音がして、聖女の周りに結界が張られた。
飛びかかろうとした聖騎士たちが、結界にぶつかってうめき声をあげた。
「王子様さぁ、神殿の人間は『悩めるものを救う』ために、否定しないで相槌を打つ訓練をされているだけなんだよ。
そんなのに引っかかって、『理解してもらえた』とか言うのやめな?」
同情するような視線を向けられ、第三王子は羞恥のせいか、拳が小刻みに震えている。
「厳しいことを言うのだって、好きでやってるんじゃないよ。放っておけないから、傷つけない言い方を考えて、勇気を出して言ってくれてるんだろ?
この間、侯爵令嬢に叱られてたのは、『嫌がらせをされたら、倍返ししてやろうか』って提案したからだし。
力で相手を屈服させても、相手は心の中では納得しないって――そっちの方がよっぽど聖女みたいな性格してるじゃん」
カラカラ笑う聖女に、恥ずかしそうに頬を染める侯爵令嬢。
第三王子は目を見開いて、耳まで赤くした。
「そういうのがわからないと、口の上手い人間に騙されるよ」
聖女の指摘に、第三王子は再び青ざめる。心当たりがあるのだろうか。
「婚約者の侯爵令嬢だって、その役割を振られて頑張ってきたんじゃねぇの?
王子様、あんたが王族らしくしろって言われてるのと同じでさ。
そういうのを思いやれないと、後でしっぺ返しくらうぜ」
侯爵令嬢は涙ぐみながらも、口元を扇で隠して、凜と立っている。
「ねえ、お嬢さん。こんな婚約者、放っておいて、美味しい物を教えてよ」
聖女は侯爵令嬢のところに歩いて行き、その手を取ろうとした。
第三王子の断罪が始まってから、料理はほとんど手をつけられていない状態だ。
ポワンと、柔らかな感触が聖女を阻んた。
聖女の結界が、侯爵令嬢のドレスの膨らみに押し返されたのだ。
「おっと。結界解除」
聖女は「にゃはは」と誤魔化すように笑う。
第三王子に、冷酷だの人としての心がないだの罵られていた侯爵令嬢。それが、ふわりと華やかな笑顔を見せた。
「畏れながら、お粥ばかりを召し上がっているなら、ここに並ぶ料理は胃に負担かと存じますわ。よろしければ、我が家でお身体に優しいものを作らせましょうか」
聖女の顔が輝いた。
「ホント? あんた、いい女だね。行く行く! こんな夜会、抜け出そうぜ」
「ええ、わたくしもこんな夜会には、もう用はございませんもの」
侯爵令嬢の言葉に、侯爵夫妻もうなずいた。
「王子殿下といえど、ここまで侮辱される覚えはございません。婚約破棄、承りました」
侯爵が慇懃無礼にボウ・アンド・スクレープをかまし、侯爵夫人と令嬢がカーテシーをする。
それをワイン片手に眺めていた公爵が、
「何事にも限度というものが、あるものだ」
と、通る声で言った。
呆然とする第三王子を残し、彼女たちは会場を出ていった。
神官の何人かはこっそり会場を抜け出し、第二王子が第三王子の腕を取って控え室に移動させようとする。
平民出身の聖女と貴族出身の聖女に分かれて、言い争いを始めた。
国王夫妻が外国からの賓客と夜会に顔を出したときには、もう遅かった――というお話。




