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君が一番怖いもの  作者: 星来香文子


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幽霊

 私は、幽霊が怖いです。

 小さい頃から、そういう、霊的なもの……人の目には見えないようなものが見えることがありました。

 常に見えている——というわけではありません。


 見える時と見えない時があって、葬儀場だとか、心霊スポットだとか、幽霊がいても不思議じゃないような場所に行くと、見えることが多かったですね。

 葬儀場で見るおじいさんやおばあさんの幽霊は怖くなかったのですが、事故や殺人で死んでしまったであろう若い人の幽霊は、私にとってとても怖いものでした。


 私が見えていることに気づくと、怖い顔をして、命令してくるから。

「俺を殺したやつを殺せ」とか「お前の体をよこせ」とか……

 勝手なことばかり言うんですよ。

 私は、ただ見えるだけでなんの力もない子供だったのに。


「もっと生きたかった」とか「このままじゃ成仏できない」とか「あいつを道連れにしてやる」だとか、恨み辛みや、生への異常な執着。

 そういうものを私にぶつけてくる。

 中には、無関係な私を道連れにしようとするようなのもいました。


 でも、その頃はまだ一番怖いものは幽霊ではなかったんです。

 だって、結局は知らない人――私とは無関係の人の霊だったから。

 その頃、近所に住んでいた霊能者の人に言われました。


「よっぽど強い霊力を持っていない限り、無関係の人間に直接危害を加えることはできない。そういうのは、全部他人事だと思って、無視すればいい」って。

 だから、確かに怖い思いをしても、どんなに脅かされようと、こいつらは私に危害を与えることはできないんだって思うと、自然と怖くはなくなったんです。


 でも、ある時、ふと気がつきました。

 関係がある人間の幽霊だったら、私はどうなるのだろう――と。


 そんな時、兄が死にました。

 ビルの屋上から飛び降りて、死んだんです。

 警察では、最初は事故か自殺かわからないと言われました。

 老朽化していた屋上の手すりが一部外れて、そから兄が落ちたことが分かって……

 辺りに防犯カメラもなかったですし、目撃者の話では、兄が飛び降りた後、あのビルから出て来た人は一人もいないということで……結局、兄は事故死ということになったんです。


 でも、みんな兄は自殺したと思っていました。

 兄が佐藤たちにイジメられていたのを、みんな知っていましたから。

 みんな知っていたけれど、校長も教頭も担任も、みんな、見て見ぬふりをしていたんです。

 佐藤の家が、権力もお金も持っている家だったから。


 有名な話です。

 佐藤の父親は誰もが知る大企業の社長、祖父は会長。

 母親は弁護士としてテレビでコメンテーターをしていましたし、祖母は子育てに関する本をいくつも出している作家です。

 それに叔父は市議会議員で、叔母は医師です。

 佐藤は、そんな出来すぎた一族の一人息子でした。


 学校にも色々と寄付をしてくれていたりしましたから、教師も職員も、何も言えなかったんです。

 注意でもしたら、次の日にはその教師はいなくなっている。

 そんな学校でした。


 みんなで佐藤の御機嫌取りのようなことをして、佐藤とつるんでいた女子も、兄に対するイジメに加担していたくらいです。

 私は抵抗できない兄を情けなく思っていました。

 男なら、もっと堂々としていて欲しかったのですが、兄は唯一の弱点である閉所恐怖症であることを知られてしまってから、おかしくなりました。


 兄が死んだと聞いた時、佐藤は自分の手を直接汚すタイプではないので、耐えかねて自殺したんだと思いました。

 事故だとしても、あんな古いビルの屋上に一人でいたなら、自殺しようとしていたに違いないと。


 私が兄の幽霊を見るようになったのは、兄の骨を骨壺に入れている時でした。

 父や母、叔父や叔母たちが箸で骨を拾い集めている中、兄の幽霊は部屋の片隅でじっとその様子を見つめていました。

 思わず短い悲鳴を上げてしまった私の方へ近づいて来て、「あかり、お前、ぼくが見えるのか?」と言いました。


 それからずっと、私の後ろにいるのです。

 そして、兄は私に言います。


「あいつを殺せ。あいつのせいで、ぼくは死んだ。許せない。許さない。絶対に、絶対に許さない」


 毎日毎日、私の耳元でそう言うのです。

 兄の死後、両親は不仲になり、離婚しました。


 私は母と共に、兄が死んだ町を出ました。

 もう佐藤と会うことはないはずで、兄が言うように、佐藤を殺すことなんて、できるはずもありません。


 それが、何の因果か、今、佐藤は私の目の前にいます。

 もともと、兄とは顔も似ていなかったし、今は苗字も変わっています。

 だから、私が広瀬ひろせひかるの妹だということに、気づいていないのでしょう。

 私が、自分がイジメた――自分のせいで死んだ男の妹だと知らずに、私を口説こうとしているのです。

 彼女がいるくせに。

 他に恋人が三人もいるくせに。



「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺」


 兄の幽霊が、私に何度も何度もそう言っています。


 ――どうやって殺そう。


 気づくと、そう考えてしまうので、私は幽霊が一番怖いです。


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