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君が一番怖いもの  作者: 星来香文子


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3/7


 わたしは水が怖い。

 魚住うおずみなんて、苗字に魚が入っているくせにって、よく言われるけれど、泳げないから。

 正確には、泳げなくなったから……が、正しいかな?


 わたしの両親は元水泳選手で、わたし自身も子供の頃から水泳を習っていた。

 だから、泳ぎには自信があったし、水の中の方が自由だったなんて時期もあった。

 自分でいうのもなんだけど、目と目の間も普通の人よりちょっと離れ気味で、魚に似ているなって思うこともあった。


 クラスの男子には、「魚女さかなおんな」とか「半魚人」とか言われてたけど、わたしは自分を人魚姫だと思っていたから、そこまで気にはしていなかったわ。


 でも、高校生一年のあの日、一度、川で溺れて以来、水が怖くて、泳げなくなったの。


 あの日は、川に遊びに行ったの。

 メンバーは、わたし、あかね陽菜はるな大輝だいき翔太しょうた

 それから、大輝の従兄で、大学生の佐藤悠平(ゆうへい)さんとその友達のエイジさん。

 エイジさんの趣味がキャンプで、キャンピングカーを出してくれるっていうから、川辺でBBQもして、最初はとても楽しかった。


 その日の午前中は快晴だったんだけど、山の天気は変わりやすいっていうじゃない?

 わたしたちは川に入っていたんだけど、お昼を過ぎたあたりで突然、大雨が降り出してね……

 わたしはすぐに川から出たんだけど、急に川の流れが速くなって、茜が転んでしまって……


 茜がどんどん流されて、わたしはもう一度川に飛び込んだわ。

 泳ぎには自信があったし、助けなくちゃって。

 でも、川の流れは想像よりもずっと激しくて、とにかく必死にパニックになっていた茜を捕まえて、岸にあげた。

 そこまでは良かったんだけど、自分も上がろうとしたとき、左脚が急に動かなくなって――


 口からも鼻からも、川の水が流れ込んで、苦しくて、苦しくて、怖くてたまらなかった。

 わたし、死んじゃうんだって。

 こんなところで溺れて、死んじゃうんだって。


 どうして脚が動かないんだろうって、なんでこんな時にって、意識がなくなる直前に、動かない左脚を見たの。

 そうしたら、黒い何かが、わたしの左脚に巻きついていた。

 一瞬だったから、もしかしたら幻覚だったかもしれない。

 でも、何度思い返しても、わたしにはそれが、人間の腕だったような気がしているの。


 結局、わたしはエイジさんに助けられたらしいんだけど、気がついたら病院のベッドの上だったわ。

 エイジさんはわたしを助けた後、川に流されて行方不明になったんだって。

 今も見つかっていないそうよ。


 あの日以来、わたしは水が怖くて泳げなくなった。

 水辺に近づくのも怖いし、お風呂も、湯舟に浸かるのが怖くなった。

 洗面器に溜めた水の中に顔を入れることもできなくなった。


 それから数ヶ月たった頃、エイジさんの彼女だって人が、ある日突然わたしにメールを送って来て、いなくなった当時の状況を知りたいって言い出したの。

 なんでわたしのメアドを知ってるんだろうって思ったし、恐かったけれど、わたしを助けるためにエイジさんが犠牲になったことは確かだから、その人について行ったわ。


 あの日、わたしが溺れた川。

 あの時の恐怖を思い出して、足がすくんでいたわたしの腕を彼女は無理やり掴んで――


「消えたのはあんたのせいよ! あんたのせいで、エイジはいなくなったの! わたしのエイジを返してよ!!」


 そう発狂して、川に引きずり込もうとしていた。

 わたしは怖くて、抵抗したわ。

 川になんて、二度と入りたくなかったし、水は怖い。

 もう、あんなに怖い思いはしたくない。


 必死に抵抗して、なんとか手を振りほどいて、逃げたの。

 そうしたら、ドボンって。

 きっと、その反動で彼女が川の中に落ちたのよ。

 わたしは怖くて、怖くて、一度も振り返らずに走ったわ。


 近くのバス停まで走って、ちょうど来たバスに飛び乗った。

 行先はどこでもよかった。

 とにかく、その場所から離れたかったの。


 その次の日、大輝に彼女とのことを聞かれた。

 どうして、わたしが昨日彼女と会ったことを知っているのだろうと不思議に思っていると、大輝は言ったわ。


「あの人にお前のメアド教えたの俺だから」って。


 信じられなかった。

 大輝は、わたしがもう水が怖くなっていることを知っていたはずなのに、川になんて近づきたくもないことを知っていたはずなのに、あんな女に、わたしのメアドを勝手に教えていたなんて。

 わたしはあの女のせいで、また死ぬかも知れなかったのに。


 それ以来、わたしは大輝とは絶交したの。

 もう二度と、あいつと話もしたくなかった。

 運よく、父が転勤することになって、家族でついて行くことになったから、わたしは転校したわ。


 だから、その後、あの女がどうなったかなんて、知らないわ。

 行方不明だって言われても、知らないものは知らないの。

 一度、警察が訪ねて来たことがあったけど、わたし、何も言わなかった。

 だって、本当に知らないもの。


 知っているのは、エイジさんがまだ見つかっていないってことくらい。

 ただ、それだけよ。



 水を見ると、どうしたってあの日のことを思い出しちゃう。

 そうすると、体が自分の思い通りに動かなくなっちゃう。

 自分の体なのに、自分のものじゃないような気がしてきちゃって……だから、泳げない。


 だから、わたしは水が怖い。

 またあれに引っ張られてたら、今度こそ、死んじゃうかもしれないから。



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