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君が一番怖いもの  作者: 星来香文子


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2/7

先端


 僕が怖いのものは、先端ですね。

 先のとがったものを見ると、怖くてたまらなくなるんです。

 カッターとか針とか、とにかく先のとがったものが怖くて――基本的に刃物は使えないので、料理もできないです。


 刺さったら怖いじゃないですか。

 危険なものですよ。

 刃物で手を切ったら痛いですし、血が止まらなかったら大変じゃないですか。


 なんでみんな平気で使えるんだろうって、いつも不思議に思うんです。


 注射とかも、もう無理ですね。

 会社の健康診断で、採血した時も、僕、気づいたら泣いてて……

 大人なのに怖すぎて逃げ回ってしまって、自分でも情けなく思っています。

 でも、怖いものは怖いんですから、どうしようもないじゃないですか。


 同じ時間帯に検診を受けていた上司には、かなり笑われましたね。

 バカにされたというか……

「怖がりすぎだって。注射なんて痛いのは最初だけだろ」って。


 いや、だから、やっぱり痛いじゃないですか。

 刺さったら痛い。


 結局、何人かの看護婦さんに押さえつけられて、その日は採血を終わってからもうぐったりしてしまって。

 その時初めて、看護師さんにかなりの先端恐怖症だって言われたんです。

 上司には、「怖いと思うから怖いんだ」って、鼻で笑われましたけど。


 それまでは普通だったのに、その後からなんというか「こんな怖がりなやつと仕事なんて……」みたいな感じで、ずっとその時のことをいじられ続けていました。

 僕のリアクションが、よっぽど面白かったんでしょうね。


「やめてくださいよぉ」って、笑ってごまかしていたけど、本当はとても嫌でした。

 何度も面接で落とされて、やっと採用された企業だったので、上司の機嫌を損ねてクビにならないように、必死に取り繕ってはいたんです。

 わざと尖った鉛筆を机の上に芯をこちらに向けて置かれていたり、カッターの刃を出したままペン立てに刺してあったり、食堂で爪楊枝を投げつけられたりもしましたけど、なんとか耐えてきました。


 そんな時……多分、社員の誰かが僕がパワハラを受けているって、上役に報告したみたいなんです。

 それで、上司だけ人事部に呼ばれたらしいんですよ。

 噂では厳重注意ってことだったんですけど、その日の夜、取引先で問題が起こって、上司と二人で残業することになってしまって――


「お前さ、なんでそんなに怖がるわけ? たかがカッターじゃねーか。一応刃物だから、まぁ、まだわかる。でも、爪楊枝とかボールペンとかも駄目なんだろ? そこまで怖がる理由が俺には理解できない」って、訊かれたんです。

 確かに僕は、その理由を話したことはありません。

 思い出したくない、辛い記憶だからです。


 ただでさえ辛いのに、その話をするのは嫌で――でも、もしかしたら、その理由を話せば、この恐怖をわかってもらえるかもしれないと、思ったんです。

 それで、僕は本当の話をしました。

 小学生に上がる前、ショッピングモールで起きた、通り魔の話を。


 ニュースになったこともあるので、知っている人もいるかもしれません。

 親戚の家がそのショッピングモールの近くに合って、歳の近い従姉妹や鳩子の数人で、冬休みになるとお年玉を持って買い物に行くんです。

 その年も、同じようにみんなで買い物に。

 その時、刃物を持った男が店内に入って来て……


 入り口近くにあった百円ショップの前で、次々人が襲われた事件です。

 十人くらい被害に遭って――その内の一人が、僕の従姉でした。

 僕は見ていたんです。

 鋭利な刃物を、犯人が振りかざしたその一部始終を。


 犯人は、最初、両手にナイフを持っていました。

 何人か刺した後、逃げようとした百円ショップの店員さんを左手のナイフで刺した時、引き抜けなくて……店員さんの体にナイフを刺したまま、その店員さんのエプロンのポケットからカッターを出したんです。


 後から知ったんですけど、あの百円ショップの店員さんはエプロンのポケットににみんなカッターが入っています。

 品出しの時に段ボールを開けるのに使うから、店員さんの必需品なんだとか。

 そのカッターを持って、店員さんから離れると、近くにいた従姉の顔を、そのカッターで切りつけました。


 従姉は、怖くてその場を動けずにいたんです。

 目のあたりを切られて、顔を押さえてうずくまった従姉を、今度は右手のナイフで……


 犯人は次に、僕の方へ向かってきました。

 ナイフの先が僕の目の前まで迫った瞬間、犯人は警備員に取り押さえられました。

 僕は間一髪のところで助かりましたが、従姉は搬送先の病院で亡くなりました。

 それ以来、僕は尖ったものが怖いんです。


 この話は、僕は自分でするのもとても勇気がいることだったんです。

 僕は大学を卒業するまで、実家暮らしで地元の学校に通っていたので、周りは皆、僕が先端恐怖症である理由を知っていました。

 通り魔事件に巻き込まれたトラウマがあることを、僕の口から説明しなくてもみんな知っていたからです。


 きっと、上司も理由が分かれば、もう揶揄って来たりしないだろうと思っていました。

 でも――


「殺されたのはお前じゃなくて、その従姉だろ? なら、関係ないだろ。それに、小学生になる前の話だろ? お前さぁ、いつまでそんな昔の事で……いや、っていうか、嘘を吐くならもっとマシなのがあるだろ。本当、そんなだから使えねーんだよ」


 上司は、僕の話を信じてくれませんでした。


「カッターごときで人が死ぬわけねーじゃん」


 だから、僕はとても腹が立って。

 それまでは我慢できたんですよ。

 何をされても、何を言われても、上司の機嫌を損ねないように、ずっと我慢していました。

 その瞬間、なんでこんな男の為に、こんな我慢をしてきたんだろうって、ものすごい腹が立ってしまって。


 それで、刺したんです。

 上司の机の上にいつも刃を出したまま置いてあったカッターで、上司の手を。


 だって、カッターごときで人は死なないんでしょう?

 僕は、何か間違ったことをしましたか?

 カッターでは人は死なないんですって。


 なんで今になって殺人未遂で訴えられるのか、意味が分かりません。

 だって、人はカッターごときじゃ死なないんでしょう?


 だから、次は、ボールペンで刺しました。

 目を。


 だって、カッターよりボールペンの方が弱いでしょう?

 殺傷能力は低いでしょう?

 だから、人は死にませんよね?


 でも、怖いでしょう?

 これでもう、きっと恐ろしくてたまらくなったはずだ。


 先端が。



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