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君が一番怖いもの  作者: 星来香文子


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高所

 私の一番怖いものは、高いところですね。

 子供の頃から、本当に苦手で……

 母の話によれば、赤ちゃんの頃から高い高いが大っ嫌いだったみたいで、父にやられるとギャン泣きしてたそうです。

 だからきっと、生まれつきのものなんだと思います。


 小学生の頃は、そのせいで友達に面倒がられたこともあります。

 高いところが苦手なんで、公園とか学校の遊具とかで遊べないんですよ。

 ジャングルジムとか絶対ダメ。

 登れても一段か二段までですね。

 子供って――特に男子って、高いところに平気で上がったりするじゃないですか。


 だから、その時、いつも遊びの中心にいたもろ陰キャの男子によく揶揄われたりもしましたね。

「こんなのが怖いとか、ありえねー」とか、笑われてました。


 高いところが苦手なので、遊園地も楽しくないんですよね。

 夏休みとかゴールデンウィークになると、家族とか親戚とか、友達同士で遊園地に行こうって話になるじゃないですか。

 でも、高いところが怖いんで、もちろんジェットコースターとか絶叫系も駄目ですし、観覧車も無理なんですよね。

 メリーゴーランドもあまり楽しいと思ったことないです。

 上下するじゃないですか。

 できれば行きたくないけど、みんなが行きたがるから仕方がなく行ってました。


 あとは椅子の上くらいならまだ大丈夫なんですけど、机や棚の上にも上れません。

 習字の授業で、作品を掲示板に貼るんですけど、脚立の上に登って自分で貼らなくちゃいけなくて――下の段ならよかったんですが、よりにもよって一番上だった時は、本当にこの世の終わりかと思うくらい足がガクガク震えて大変だったの、今でも覚えてます。


 いつも考えちゃうんですよ。

 落ちたらどうしようって。


 高いところから落ちたら痛いじゃないですか。

 怪我をするかもしれないし、怪我どころじゃすまいかもしれない。


 ジェットコースターは……まぁ、あの高さから落ちたら――ね、考えなくても分かりますよね?

 観覧車は一番上で止まってしまったらどうしようって、つい考えちゃいます。

 脱出するのに高いとからクレーンで吊るされたりするんだろうかとか、それで落ちたらどするんだろうとか。


 ジャングルジムは鉄でできてるから、変に足を踏み外して落ちたら、顔とか手とか、どこかぶつけてしまうかもって考えちゃう。

 脚立だって、何かの拍子にバランスを崩して倒れちゃうかもとか。

 倒れた先に、棚の角に頭をぶつけたら死んじゃうかもしれないとか。


 しっかり地に足がついていないと、不安で仕方がないんです。

 大げさだっていう人もいるんですけどね、怖いものは怖いんですよ。

 下を見なきゃいいだとか、そういう問題じゃないんです。


 私だって、克服しようとしましたよ。

 確かにいつも下を向いてばかりだから、上を向いて歩いてみようって……

 でも、その瞬間、空から落ちてきたんですよ。

 人が。


 飛び降りた人と目が合ったんです。

 中学生の頃——塾の帰りでした。


 突然、空から落ちて来たんです。

 最初は、何が起きたのか理解できなくて。


 地面にぶつかった瞬間は見ていません。

 そんな余裕ないですよ。

 だって、あと少し歩くのが速かったら、落ちて来たその人とぶつかったのは地面じゃなくて、私になるところでしたからね。


 その瞬間の音は聞こえていて、それから何が起きたか理解する為に下を見て、それで初めて、今、目の前に落ちて来たのが人間だって気がついて。

 それが、隣のクラスの広瀬ひろせひかるくんだって気がついたんです。


 広瀬光くんと私は、小学生の頃に通っていたピアノ教室で一緒だったんです。

 私は中学に入ってからは塾に通うようになって、ピアノ教室を辞めていたので、広瀬光くんと関わることはほとんどなくなっていましたけど、彼がイジメを受けていることは知っていました。


 それこそ、佐藤くん――ああ、小学生の頃に高いところに登れない私を揶揄っていた、もろ陰キャの男子のことなんですけど……

 佐藤くんが中心になって、広瀬光くんをイジメていたんですよ。

 広瀬光くんには、似ていないですけど双子の妹がいて――あかりちゃんですね。

 明ちゃんの方は、私と同じクラスだったんでよく知ってるんです。

 別グループでしたが、どうも兄がイジメられていることを情けなく思っているようでした。

 広瀬光くんが落ちてくる前、何度かクラスの子とそんな話しているのを耳にしたことがあります。


 でも、まさか、その広瀬光くんが空から落ちてくるなんて、本当にびっくりして……

 私、すぐに救急車を呼ぼうとしたんですが、その時は気が動転していて、近くを通りかかった別の人――確か女の人だったと思います。

 その人が救急車を呼んでくれて、それで、広瀬光くんは救急車で運ばれて、私は現場にいた目撃者ってことで警察に。


 その次の日に、広瀬光くんがビルから転落して死んだって、学校のみんなが知ることになりました。

 広瀬光くんがイジメられていることを知っていた人たちは、みんな自殺だと思ったんですが、事故として報道されていたんですよね。

 知っている人はみんな、イジメの事実を大人たちが隠しているんだと思いました。


 だって、先生だって気づいていたはずなのに、見て見ぬふりをしていたのは明らかだったんで。

 あの時、大人に対する不信感を植え付けられました。


 それに、以前よりもっと、高いところが怖くなってしまって……

 だって、それまでは落ちたら死ぬかもしれないと思っていた怖さでしたが、実際に、落ちたら死ぬ人間を見てしまったんです。

 恐くてたまらないじゃないですか。


 だから、みんな都心の高校に合格して喜んでいたけれど、私は郊外の私立高校を選びました。

 高い建物がたくさんあるところは怖いじゃないですか。

 落ちたらどうするんですか。

 怖いじゃないですか。


 高いところに上って、間違って足を踏み外したら危ないじゃないですか。

 下にいる人にぶつかってしまったら、痛い思いをするのは私一人じゃないじゃないですか。

 巻き込んでしまったらどうしますか?

 何かを落としてしまって、それが人の頭に当たったら?


 考えれば考えるほど、怖いんです。


 高いところから人が落ちてきたら、どうするんですか。


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