親の想い、子の想い。
三上君たちが出て行って、かれこれ二時間が経った。
「申し訳ない新波さん、わざわざご足労頂いて……」
「いいんですよ、あやが遅くて気になっていたので」
お母さんがどっしりと椅子に背を預けている。
我が母ながらふてぶてしいと思う。
前川さんは……いつもの調子はない。
ただただ、どんよりとした空気だけが支配する。
「それで? どうするの?」
「どうするって……お母さん」
「もし成人君が帰ってきても、何も解決しないわよ?」
それはそうだ。その通りだ。
連れ戻しても、それは根本的な解決にはならない。
「だから、さっさと母親を呼んだら?」
あっけらかんと口にする。
「……お言葉ですが、それができれば苦労はないんです」
いつも温和な三上さんが、堪らず厳しい物言いをする。
私でさえ、空気を読んでほしいと思ったぐらいだ。
「なら、また繰り返すだけね」
そんなこと気にもしないで続ける。
「なら、私が話します」
「新波君、しかしね……」
「それで解決するなら、私が話します」
頭を下げてお願いする。
本当は、お母さんのあんまりな態度に苛ついて、そう言ってしまっただけ。
三上さんの顔に苦悩が浮かぶ。これまでの苦労がありありと浮かぶように。
けど、最後には受話器を手渡してくれた。
「正直……あの子のことでまともに取り合ってくれるかわからない」
「それでも、せめて伝えます」
「ならスピーカーでお願いね? 聞きたいから」
睨みつつも、スピーカーはオンにしておいた。
コール音が異常なほど長く感じた。
そもそも出てくれなかったどうしよう。今になってそんな不安が過る。
『――もしもし』
「……! もしもし、三上君のお母さんですか?」
『…………そうですが?』
背筋がぞわっとした。
逆鱗に触れているのがすぐにわかった。
「私は三上君の友達で、新波綾那と言います!」
『そう。綾那さん』
事務的とも違う。明らかに冷たい対応だった。
『それで、あの子の友達がどんなご用でしょうか?』
「――三上君に会ってあげてください」
『……あなたねぇ』
「事情は伺っています。それを承知での頼みです!」
遠回しだとか、回りくどい言葉は、今は無意味だと思った。
だからストレートに用件を伝えた。
『事情を知っているなら尚更です。あの子は私と会いたくないはずです』
「そんなことありません! 三上君は貴方に会いたくて必死なんです!」
三上君は頑張っていた。
それこそ壊れてしまうぐらいに。
それもこれも全て、偏に母親に会いたいからだ。
「だから会ってください!」
『しつこい人ですね!』
冷ややかな言葉に熱が籠った。
明らかに怒りの感情が含まれている。
『あの子にとって私は恐怖の対象で、怖いおばさんなんです!』
三上君は一度、その手を拒んだ。
母親を味方ではなく、敵として認識してしまった。
『貴方にわかりますか! 我が子に拒絶された私の気持ちが!』
どれだけ辛いだろう。どれだけ苦しかっただろう。
話していて、三上君を愛していることがよくわかる。
わかるからこそ、離別にどれだけ決心が必要だっただろう。
私にはわからない。子供に嫌われるのがどれだけ辛いかなんて。
「――私は子供だ!」
そうだ。わかるはずがない。
だって私は子供だ。親の責任とか、これっぽちもわかるはずがない。
「お母さんたちが私たちのことどう思っているのかなんてわかりません!」
学校に行けなかった時、申し訳ないと思った。
どうして私のことを見捨てないでいてくれるんだろうと、疑問だった。
あの時、あの頃、私のことをどんな気持ちで見ていたんだろうって。
「それでも、親に甘えたい子供の気持ちは人一倍わかります!」
いくつになっても、親には褒めてほしいし、撫でてほしい。
そういう気持ちは一番よく理解できる。
「今の三上君は貴方に会いたくて泣いています!」
昔はどうだろうと、今は会いたいと願っている。
それを叶えてあげてほしい。
「良く頑張ったねって! たくさん褒めてあげてください!」
いつの間にか、涙が溢れていた。
友達だから必死だった。友達なのに、こんなことしかできなくて悔しかった。
癒せるなら癒してあげたかった。助けられるなら、この手で助けたかった。
三上君がしてくれたように、私も。
けど、今それができるのは私じゃない。
『……どれだけ言われても会えません』
「そんな……!」
『……怖いんです、これ以上嫌われるのが……』
さっきまでと違った。
壁を作るわけではない、ただの吐露だった。
『もうこれ以上、嫌われたくないんです……!』
戸惑った。
今までの言葉は全て子供の言い分だった。
親の考えを無視して、一方的に押し付けているんじゃないかって。
「あや、貸して」
不安に思っていたその刹那、受話器をひったくられた。
「――こんのっ大馬鹿ぁ!」
耳が痛くなるぐらいの大音量。
相手の鼓膜を破壊する意図を感じるくらい、苛立ちが募っている。
「さっきから聞いてれば、ぐだぐだと言い訳して!」
『と、突然なんですか貴方は!』
「さっきの子の母親よ! 何、嫌われるのが怖い?」
今まで見たことないぐらい、真剣にお母さんが怒っている。
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 子供に嫌われたって親は親よ!」
「お、お母さん! 落ち着いて!」
「いい? 子供が反抗期迎えようが、嫌われようが、エッチなゲームやってようが!」
「ぐふっ⁉」
「……不登校になろうが、最後まで責任持って愛すのが親なのよ」
片手で私を抱き寄せられた。
視線はこっちにはない。無意識でやったことなんだと思う。
それが堪らなく嬉しかった。
「今、成人君は泣いてるのよ。それを抱きしめなくて何が母親よ」
勢いに押されたのか、返す言葉がないのか。
どちらにしても、長い長い沈黙だけがそこにあった。
そのうち、通話が切れてしまった。
尚も怒りが収まらないのか、お母さんが三上さんに突っかかる。
「……あの女の家はどこ!」
「え、いや、それは流石に……」
「お母さん⁉ まさか会いに行く気⁉」
「当然よ! いつまでもうじうじと! 引きずりだしてやるわ!」
ヤバい、目がマジだ。本気でやる気だ。
ドシドシと突き進もうとするお母さんにしがみつく。
すると、前川さんが「ぷっ」っと、吹き出した。
「あはは」
「前川さん⁉ 笑い事じゃないですよ⁉」
「いやー……すごいお母さんだね」
確かに、やることなすこと割と無茶苦茶な母親だ。
「はい! 自慢の母ですから!」
私が大好きな母親だ。
「それより一緒に止めてください! この人マジで家凸する気ですから⁉」
「え⁉ それフリじゃないの⁉」




