親として。
――学校が終わり、再び新波さんの家に。
ここに来ると、何となく鼻が痛む。
意外だったのは、新波さんが応対してくれたこと。
更に言えば、部屋にまで通してくれたこと。
「……普通、部屋に通すか?」
「……お母さんいると面倒臭いので」
「納得」
低いテーブルを挟んで対面に座る。
すると、おずおずとケーキを差し出された。
「……賄賂?」
「ち、違いますよ! これは昨日のお詫びです」
ああ、あれか。血もすぐに止まったし、気にすることでもないが。
しかし、くれると言うなら遠慮なく貰う。
……あ、美味い。どこのだろう、箱見よ。
「あと、これも」
何かと思えば、昨日渡したプリントだ。
「……まじか。新波さんしっかりやってるのか」
「その、せっかく持ってきてくれているので」
封筒を受け取りながら、チラッと中身を見る。
確かに手を付けた痕跡がある。
「でも……やっぱり、教科書だけでは難しいですね」
「……ちょっと見るな」
中身を取り出すと、空欄が多い。
だが、どれも応用だったり、先生の話を聞かないとわからないものだ。
「今度、ノートのコピー持ってくるわ」
「え?」
「あ、男子の中では割とノート綺麗な方だからな」
比較したことないが。
これなら、ノートさえ渡せば全部埋まるかもしれない。
「いえ、そうではなく……そこまでしてもらう理由が」
「俺も不登校児だったからな」
あの時の苦労が蘇るようだった。
プリントから一瞬だけ視線を外すと、ギョッとしたような目で見ていた。
「あ、だからって気持ちがわかるとかは言わないからな?」
学校には行けない。でも、このままではいけないと言う焦燥感。
その気持ちが知れただけで、今日は十分だった。
「それじゃあ、また来るわ」
「……あ、あの! 連絡先を交換しませんか?」
「……何で?」
「そうですよねアカウント増やすとスクロール増えちゃいますからね面倒ですよね」
嫌な顔をしたら小声でぶつぶつし出した。慌てて「冗談」と訂正する。
「黒板とかの写真を送ってほしいんです」
「ああ。そういうのな」
「あと、できたらで良いんですが教室の雰囲気を……厚かましいですか?」
「いいよ。それぐらいなら」
アプリのQRコードを表示させて、読み取ってもらう。
そのまま部屋を出て階段を降りる。
……ますます、不思議だな。見た感じしっかりしてるのに。
「へい、お兄さん! 暇ならお姉さんとお茶しない?」
「……心臓に悪いのでいきなり現れるのやめてください、紗那香さん」
急に肩組まれて、心臓が痛いほど鼓動する。
「ごめんなさい? けど真面目な話、お茶しない?」
無下に断る理由も無いので招かれるまま。
楽しそうに笑みを零しながら、お茶を淹れてくれた。
「あの子、起きた時に『おはよう』って言ってくれたのよ。ぎこちなかったけど」
「それは良いことですね」
「ホントよ。朝会う度に不景気な顔を見せられてたから、たまったものじゃないわ」
たかが挨拶。されど挨拶。
この場合、することが良いのではなく。出来たことがすごいのだ。
自分は家族に迷惑を掛けている。自分は何もしていない。
挨拶する資格がない。そんな風に考えて、挨拶のハードルが酷く高くなってしまう。
「学校来なくていいとは、よく言ってくれてたわね?」
打って変わって、視線で問い詰めてくる。
「いやー……えっと、すみません」
親からしてみれば、何様のつもりだと言う話。
だが、すぐに表情が緩み、空気が弛緩する。
「うそ。感謝してるの。お陰であの子、ちょっと気が抜けたみたい」
「……紗那香さん的にはどうして欲しいですか?」
「どう、って?」
「やっぱり、学校には行って欲しいですか?」
一応、確認しておくべきだろう。
悩ましい素振りとか、長考を要すると思っていた。
「別にいいわよ?」
普通に言い切った。
「義務化なんて話が出るぐらいだもの、高校卒業資格って大事かもしれないけど」
コップを我が子に見立てるように、優しく包む。
「親としては子供の辛そうな顔なんてみたくないのよね」
紗那香さんの言う通り。高校は出ていて当然の世の中にある。
求人票を漁っても、大体が高卒以上だ。
「私の頃なんて、面接でY字バランス披露しただけで即採用だったのに」
「マジですか?」
「マジ。面倒臭い世の中になった」
会社側が学生にお菓子を渡してたとか、そんな話は聞いたことがある。
「あーあ。会社辞めるんじゃなかった」
背もたれにもたれかかり、天井を見る。
「大手だったから、あの子が死ぬまで面倒見れたのに」
「新波さんが、ですか?」
あまり口にしたくはないが、新波さんが死ぬ頃には紗那香さんは既にいないだろう。
あくまで順番通りに行けば、だが……物理的に彼女の面倒は見れない。
「私が死んだところで、あの子が私の子なのは変わらない。親は死んでも親なのよ」
変わらず、なんてことの無いように語る。
だが、そこにどれだけの覚悟があるか。
「もし私が『学校行かせろ』って、言ってたらどうしてたの?」
悪戯っぽく笑い、今度は逆に質問される。
「無理です力になれません、って言うつもりでしたよ」
「ぷっ、アハハ! ええ! 君はそれでいいわ、それでいて?」
可笑しそうに笑って、椅子をギシギシ言わせる。
「あー良かった。成人君が変な子で良かった」
「それ絶対、褒めてないですよね」
「褒めてる褒めてる。まともな子なら追い返してたもの」
笑いながらゴルフクラブを指差していた。
玄関先で担いでいる姿が、不思議とありありと浮かんだ。
「一目見てやましい心はないってわかったもの」
「割とワンチャン狙ってますよ?」
「狙ってる子なら『行かせてみせます!』って嘯いたわよ」
「思春期男子のスケベ心を舐めないでください」
「あっはは! あやよりスケベな子いないわよ!」
……うん。あれだ。聞かなかったことにしよう。
家族間の軽いジョークみたいなものだろう。
「あ、スケベって言ってもむっつりね?」
聞かなかったことにしよう!
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