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みんなのため。

「おらぁ! お前ら! もっと腹から声出せ!」

「は、はい!」

「こうやって体育館を使える回数は限られてるんだ」

 他のクラスの兼ね合いもあって、数回程度が限度だ。

「心美はアドリブを加減しろ!」

「えー! こっちの方が可愛いよ?」

 だからって、魔女がギャル語で話すのはどうなんだ。

 ただでさえ、老婆という設定から美少女に変わってるんだ。

「新波さんも。本番はもっと声通らないぞ」

「ご、ごめんなさい!」

「……三上って、あんなキャラだっけ?」

「ちょっと、新波さんに厳しくない? ちょっと心配」

「あれでいいよ。あやなっちは嫌なら嫌って言うしね」

「前川」

「それよりも心配なのは――」

「ほら心美! かぼちゃの馬車!」

「ほいほーい! 二人を見てると、ボクも負けられないんだよね」

 こそこそと聞こえた言葉。その言葉に間違いはない。

 新波さんが主役である以上、負担は大きいだろう。

 だが、それは劇の全体のクオリティを担っているということ。

 それを理解しているからこそ、一つの文句を言わないのだ。

「……よし! 俺たちも頑張るか!」

「そうだね。二人とも頑張ってくれてるし!」

 何より、新波さんの熱意が皆を引っ張ってくれている。

 俺も、その熱量に当てられてしまっている。

……一番近くで。

「新波さん。お疲れ様」

 体育館の練習も終わり、教室でへばっている新波さん。

 せめてものと、水を差し入れする。

「三上君、ありがとうございます」

「どうだ手応えは?」

「全然ですよぉ……監督が加減してくれませんし」

 頬を膨らますが、すぐに楽しそうに笑う。

「その割には楽しそうだ」

「そうなんです。上手く言えないんですが、上手くできないのが楽しいんです」

「……どういうことだ?」

 しまったな。厳しくしすぎて、変なのに目覚めてしまったか。

「前の私だったら、辛くて逃げだしていたと思うんです」

「今は違うのか?」

「今はですね『やってやるぞー!』って気分なんです」

 溢れ出る活力が伝わってくる。

「怖いとは思わないのか?」

「それは……そうです。当然です」

 いくら素人による劇だったとしても。

 自分のミスで全てが台無しになるかもしれない。

 これは新波さんだけじゃなく、全員に言える。

 ただ、新波さんの役割においてそれが計り知れないのだ。

「ですから、失敗した時は三上君たちの所に逃げます」

 自信たっぷりに、恥じる様子もなく言い切った。

 あまりの堂々たる姿に、笑いが漏れ出てしまった。

「もー! 笑うなんて酷いですよ!」

「わ、悪い。はは」

「元はと言えば三上君のせいなんですから、ちゃんと責任取ってくださいね?」

「ああ。一緒にピラニアに喰われるよ」

 気が付けば、あの頃の弱気な彼女はいない。

「大体、三上君があんなことを言わなければ私がこんなに苦労することは――」

 未だに卑屈な部分はあるが、それは彼女の美徳としよう。

「楽しそうですね、お二人とも」

「うげ、西澤先生だ。何の用です?」

「何の用も何も、担任です」

 そう言うと、今度は俺たち二人を交互に見やる。

 すると、柔らかな表情で微笑んだ。

「三上君に不登校だと言われた時は、どうなることかと思いましたが」

「……そんなこと言ったんですか?」

「言った。大学行きたくなかったからな」

「バカみ君」

「新波さん。ストレートな悪口はやめてほしい」

 どんな刃物より鋭利だ。

「そんなに嫌ですか? 学校」

「それもあるが、早く自立したいしな。いつまでも迷惑かけたくないし」

「出ました、バカみ君の変に生真面目なところ」

 ナチュラルにバカみ君って言われたな。

 ちょっと調子に乗ってるなこの人。

「まぁ結果として、新波さんがこうしていられます。終わり良ければ総て良し。家訓です」

「割と良くなかったと思いますがね」

「あ、そういう繋がりだったんですね」

 ようやく合点がいったように、手をポンと叩く。

「三上君はこれでいて人をよく見ていますから」

「わかります! ガサツに見えて、変な所で気が利くんですよね!」

「はい。ねちっこい油として、場を回す役はハマっています」

「お二人とも? 褒めるのか貶すのかどっちかにしてくれません?」

 珍しく褒め……褒められてるよな?

 どちらにせよ、居心地が悪い。

「さて――皆さん、時間です。片付けを始めてください」

 先生が手を叩き、解散の合図を送る。

 それに合わせて、ぞろぞろと片付けを始める。

「三上―? これのことなんだけど」

「ああ、それはこっちでやるよ」

「成人君ごめん、ここの芝居、相手の距離が近くて……」

「そうか? それとなく台本に訂正しておく」

 終わりの時間だけあってか、各種各様の意見が飛んでくる。

 演技のこと、小道具のこと、ライトや演出。

 それだけに留まらず、人間関係のこと。

 そういう凸凹を上手くすり合わせていく。

 昔からこういう役割には慣れていた。

 ふと、新波さんがこちらを見ていた。

「どうかしたのか?」

 一抹の不安。そんなものが瞳に宿っていた。

 劇のことだろう。そう思っていた。

「……あまり、無理しないでくださいね?」

 飛び出したのは、そんなセリフだった。

「いえ、あの、練習に付き合わせている私が言うのもなんですけど……」

「大丈夫だ。俺は大丈夫だから」

「本当ですか?」

「ああ。新波さんの方こそ、主役なんだから倒れてくれるなよ?」

 しっしっと帰るように促す。

 それでも、最後まで不安を拭いきってあげられなかった。

駄目だな。これじゃ、駄目だ。

 もっと上手くやろう。心配かけていたら駄目だ。

 寂しくなった教室が、嫌に俺のため息を大きくする。

 黄昏時の日差しのせいか、教室が朧がかって見えてきた。

……明日は……もっと……しっかりしよう。

 役者同士の……関係にも目を向けて……

 それで……誰も苦しくないように…………

「……………………んぁ?」

 重たい瞼を開けると、見慣れない天井だった。

 それが、教室の天井だと理解するのに数秒かかった。

「あ、起きた」

 心美の顔が夕陽から守ってくれていた。

 後、控えめだがある胸が。

「いたっ、酔う酔う」

 膝を上げ下げされ頭が不規則に揺らされる。

 ホールドアップすると、したり顔をしてきた。

 どうやら、少しの間眠ってしまっていたらしい。

 体を起こそうとして、やんわりと抑えられる。

「……わっついずでぃす、膝枕?」

「定番かな~、と思って。嬉しい?」

「嫌ではないが。あれ、胸で顔が見えないヤツ見たかった」

「そういうのはみそっちにやってもらって」

 二階堂ってそんなに大きいのか? 意識したことがない。

 頼んだ日には好感度が絶叫の急転直下を迎えることだろう。

「他のみんなは?」

「帰ったよ。ボクたちだけだね」

「そうか」

 返答して、沈黙を迎える。

 不思議と会話が続かなかった。

 思えば、心美とこうやって二人で話すのは久しぶりだった。

 しかも、あっちも同じことを考えていたらしい。

「なんか久しぶりだね。二人っきりは」

「そうだな。いつもは新波さんがいるし」

 メッセージでやり取りはしても、面と向かってはあまりなかった。

 避けていたとか、そういう訳じゃない。

 機会がなかった。ただ、それだけ。

「お疲れ様」

「どうした急に」

「寝落ちするぐらい、頑張ってくれてるじゃん」

「いや、俺は」

「頑張ってる」

 何かを言う前に遮られる。

「君は十分頑張ってるよ」

 珍しく強く言い聞かせてくる。

 否定しようにも、今の状態が物語っている。

 言われてみれば、少しだけ張り切ってしまっていた。

「だから、ご褒美に膝枕という訳だよ! 喜べ!」

「揺らすな揺らすな、落ちる」

「はっ! 今のボクっていい女なのでは?」

「お前は昔からいい女だよ」

「……クソう、ちょっとトキメイちゃった悔しい!」

 今度は頭をかき乱される。俺が何をした。

 それこそ、ぼさぼさになるまで乱される。

 次第に、その手が優しく撫でるような動きになる。

「ただでさえ、色々なことに神経使ってるんだからさ」

「悪かった」

「その癖、人の頼みは断らない」

「悪かったって」

「だから、みんな君を頼っちゃうんだよ」

 愚痴るように。実際に愚痴を連ねている。

 それでいて本当に、心の底から寂しそうな顔をする。

「……せーじんが倒れたら、寂しいからさ」

「……悪かった」

 重ねられた言葉にそう返すことしかできない。

 しばらくして体を跳ね上げる。

「もういいの? 今日だけの特別サービスだよ?」

「いいよ。おちおち寝ていられない」

「珍しい。いつもは『学校行事なんてめんどくせー』派閥なのに」

 実際に面倒臭い。監督なんて役割を押し付けられてしまった。

「新波さんや、二階堂が頑張っている」

 一歩、踏み出そうとしている人。努力している人。

「二人が、少しでもよかったと言える文化祭にしたい」

 少し、ほんの少しでも。その助けになりたい。

 そのためにも、劇を完成させたかった。

「君は、何と言うか……」

「悪い」

「いいよ。そういう人間だし」

 最後まで謝ることしかできなかった。

――これから先のことも含めて。謝ることしか。

「あと言っとくが、悩みの種は割とお前だからな?」

「そんな! ボクは可愛いの探求に余念がないだけだよ⁉」

「それだよ、それ」


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