文化祭。
二階堂の家出――ドタバタのお泊り会は終わった。
俺たちの夏休みは平穏無事に過ぎて行った。
「――誰かいないんですか? 主役をやりたい人は」
西澤先生が教室を見渡しても静まり返る。
二学期が始まってしばらく。
今は、文化祭の出し物について話し合いが行われていた。
我がクラスは演劇。クラス代表がくじ引きに負けた結果だ。
そのせいか、みんなあまり乗り気ではない。
担任がわかりやすく落胆する。
「三上君。誰か適任はいませんか?」
「そこで俺にフリますか普通?」
苦虫を嚙み潰したような気分だ。
ここで誰かを指名したら恨まれること間違いなし。
ここは適当なこと言って切り抜けよう。
「『シンデレラ』の主役ですよね。ならまずはビジュです」
「バッサリと切り捨ててしまいますね?」
「素人の劇に質を求める奴の方が珍しいですよ」
演技ができない分、そういった部分でカバーする他ない。
見た目がいい。それだけで案外、注目が集まるものだ。
「後は、ステージで堂々と演技できる人がいいですね」
「その心は?」
「演技が良くても、相手に伝わらないと意味がないですよね?」
どれだけ表現が優れていようと、相手に届かなければ徒労に終わる。
相手に届いてこそ、初めて価値が生まれるのだ。
だから先ずは、声を出せる人がいい。
「だから、恥ずかしいセリフを体育館中に響かせられるような人です」
「なるほど。面白い見解ですね」
だが、そんな人間がいればの話だ。
人目を惹く、皆が納得する正統派の美少女で。
全校生徒に、惜しげもなく恥ずかしいセリフを連呼できる人。
そんな人間いるわけ――
「え?」
今正に、俺の脳内ブラウザが検索をかけた。
該当件数一。そう出てしまった。
嫌な汗が背中を伝う。俺以外の視線が、その人に注がれる。
「確かに。新波さんは適任かもしれませんね」
「えぇ⁉ 待ってください西澤先生! 私はピラニアの役っていう先約が!」
「演目は人魚姫ではありませんよ。他に異論のある人は?」
「綾那さんがお姫様かぁ。いいんじゃない?」
「ならオレ、王子役やりてぇかも」
「あんた下心丸だしじゃない」
「ウチも綾那ちゃんならさんせー」
流れが、流れが完全に確定してしまっている。
クラス中が、新波さんの主役案に好感触だ。
後ろを振り返るのが怖い。大剣を突き刺されたような、厳つい怨念が飛んできている。
許せ新波さん。悪気はなかったんだ。
「では、新波さんで決定ですね」
「――じゃっ、じゃあ監督は三上君がいいと思います!」
「はぁ⁉」
「三上君は割とまとめ役とか得意ですから! 細かい所まで見てますし!」
「確かに。三上君」
苦し紛れか、残酷な仕返しをしてきた。
よりにもよって、主役の次に面倒な役を!
(おのれ新波さん……!)
(ふふ。こうなったら道連れですからね……!)
睨み付けると、深淵を孕んだ瞳とかち合う。
今だけは、目を合わせただけで気持ちが通じてしまう。
そうこうしているうちに、俺の名前が黒板に書かれていた。
その後、非情にもすんなりと配役が決まっていった。
「「……はぁ」」
「メイン二人がため息連ねるのやめなー?」
監督と言っても、別に脚本や演出等に指示する役割ではない。
台本は予め先生が用意してくれているし、大まかな指示は決まっている。
俺がするのは衣装班と役者のすり合わせや、予算のやり繰り。
小道具の調達、調整。そういった、所謂裏方の纏め役だ。
「生まれてこの方、主役なんてやったことないですよぉ……」
「今まではどんなのやってたの?」
「村人Aとかです」
不思議と想像が付く。
新波さんは見た目の割に、モブ役もハマっている。
恐らく、隠し切れない陰の者のオーラのせいだろう。
「今、失礼なこと考えませんでしたか?」
「全然。全く。これぽっちも」
「考えたんですね?」
「悪いとは思ってるんだ、これでも」
俺なりに、誰も当てはまらない特徴を上げたつもりだった。
「おっす! 監督指示頼むぜ?」
「綾那さんも! 主役頑張って!」
「……失敗したら、皆さん一緒にピラニアの餌食です……」
「わお。久しぶりに聞いたね、その拷問」
何はともあれ、決まってしまったものはしょうがない。
任せられた以上は、責任は果たそう。
放課後。役者組は早速、練習に取り掛かっている。
他の班も各々がやりたいことを持ち込んでくる。
「――三上、こういうの作りたいんだけど……」
「それなら、倉庫にあるので代用できる。俺が取ってくるよ」
「いいの? 監督が場を離れるのは……」
「どうせ名前だけだ」
それに、あの倉庫は前科があるしな。
特に新波さんたち役者組には近づいて欲しくない。
「あ、先輩」
「二階堂」
校舎の方から小走りで近づいてくる。
気になるのは姿だろうか。
「あ、これ? あたしのクラス、大正ロマン喫茶? とか言うやつで……変?」
くるりと、全体を見せてくれる。
勿論、似合っているが、何よりも驚いたのは別のところだ。
「に、二階堂さーん……」
色違いの衣装を着た女の子がやってきた。
「その店内のBGMについてなんだけど……」
恐る恐る、おっかなびっくりといった様子だった。
今までの二階堂を考えれば当然の反応だった。
「あ、えっとね⁉ 二階堂さん、音楽に詳しいって聞いたから相談……みたいな?」
「……それなら、あたしが用意する」
「そ、そうだよね用意……してくれるの⁉」
「……そう言ってる。何なら作ろっか?」
「え? ホントに⁉」
「簡単のでいいなら……だけど」
二階堂の予想外の反応に驚喜し、頭を下げて去っていった。
「な、何?」
「いや、優しいな」
ぎこちなくも、相手に寄り添うとしたその姿。
思わず、生温かい目で見守ってしまった。
居心地が悪そうに視線を逸らされた。
「別に……ただ、自信持っていいって、言ってくれたから」
「……そうか」
「それよりあたし……ステージで歌おうと思うんだ」
「ステージって、有志の奴か」
文化祭にはクラスの出し物の他に、個人の出し物がある。
申請すれば誰でもエントリーできるものだ。
「まだ通った訳じゃないけど……先輩にも聞いてほしい」
不安に揺れる瞳。それでも、真っ直ぐ俺を見てくる。
後輩にここまで頼まれて、断る人間はいない。
「ごめん。戻らないと、先輩も準備の最中だったよね」
「問題ない。サボりだ」
「また、そういう……先輩たちは何やるの?」
「劇だな。聞いて驚け、あの新波さんが主役だぞ?」
「それは必見だね。絶対見に行くから!」
元気に手を振る姿に心底安心する。
あれから、父親とどうなったのか。
差し出がましいことを言った手前、気になっていた。
今回の挑戦は二階堂にとってきっと、大事なものなのだろう。
俺が何か手を出すのは違うんだろうな。
「――うん?」
夜、自室でできる準備をしていた時だった。
『もしもし、三上君? 今いいですか?』
「どうした?」
「実は演技のことで相談したいことがあって……」
どうやら、自宅でも練習を続けていたらしい。
真面目な新波さんらしいが、どうやら詰まってしまったようだ。
「自分で調べても、すたにすふらすきーしすてむ? って、もうよくわかんなくて……」
これまた真面目さんらしい躓き方だ。
変な知識を取り入れてしまい、脳がオーバーヒートを起こしている。
「上手い下手はいいよ。とにかく伝えることを意識してほしい」
「そうは言っても……」
「少なくともあの時、俺は噓を言っていない」
その場しのぎ、誤魔化すための方便だった。
だが、俺は一言も嘘は言ってない。最低限、必要な要素だと思った。
「俺は、新波さんの声なら届くと思うぞ」
今は、二階堂のような技術的な上手さは難しいだろう。
それでも、このひたむきさは何にも変えがたい熱量になる。
偶然当てはまったことでも、新波さんに決まったのは偶然じゃない。
「声を出せることは証明されてるんだ。練習あるのみ」
「うぅ……嫌なこと思い出させないでくださいよぉ……」
もっと悩ませてしまったのか、何かが茹だるような音が聞こえた。
「ほら、練習するんだろ『へい! そこのお嬢さん! サクランボを用意して!』」
「すごいですね。もしかしてセリフを全部覚えてますか?」
「まぁな」
特に心美のセリフは嫌でも印象に残る。
やっぱり無理があると思うんだよな……老婆が美魔女っていうのは。
夜の密かな練習会は夜更けまで続いた。




