騒動のツケ。
車に揺られ揺られ、水がチャプチャプと音を立てる。
俺と二階堂は今、親父の車で二階堂の家を目指していた。
「すみません、三上さん。わざわざ送ってもらって……」
「気にしなくていいよ。こっちも挨拶したかったからね」
二階堂が、抱えている虫かごを見下ろす。
中には、例の金魚が泳いでいた。
移動用の、急ごしらえの住処だ。
「……大事にしてやってくれよ?」
「大丈夫、しっかり世話するから」
「一応、俺の名前が付いてるからな」
「わかってる」
愛想笑いを浮かべて、すぐに視線が落ちる。
場を和ませる作戦は失敗に終わった。
かく言う俺も緊張している。
負い目もある。何よりも二階堂の父親が気掛かりだ。
「お、あれじゃないかな?」
正面の方に、一際大きいな家が見えてくる。
「広くね? というかデカくね?」
庭にプールがあるお宅なんて、ドラマでしか見たことがない。
そしてよく見ると、門の手前で小柄な女性が右往左往していた。
こちらに気が付いたのか、小走りで出てきた。
「楚御詩ちゃん!」
二階堂が車を降りるや否や、力強く抱きしめていた。
「よかったぁ。ちゃんと帰って来てくれて……!」
「……ママ、ごめん」
「いいんです……! ちゃんと帰って来てくれれば……!」
二階堂も、これにはタジタジ。
「ちゃんと歯磨きはしましたか? お風呂は? 夜更かしはしていませんか?」
「大丈夫だから……それよりママ、この人たちが」
感動の再会もそこそこに、タイミングを見計らっていた俺たちに視線が移る。
「この度は、楚御詩ちゃんが大変お世話になりました……!」
そう言い、頭を何度も頭を下げてくる。
この首振りには赤べこもビックリだろう。
俺たちが何を言っても止まる気配がない。
だが、玄関が開くと同時に動きが止まる。
威圧感のある男性。背丈の関係で、こちらを見下ろしている。
「パパ……」
この人が、二階堂のお父さん。
何を言われるか、自分の生唾を飲む音が嫌にはっきりする。
「――どうも、三上さん」
意外にも深く頭を下げられた。
「……本来であれば、こちらが出向くべきところですが」
「こちらこそ。大切な娘さんを、急にお泊り会に巻き込んでしまって」
「……立ち話も何です。どうぞ」
「その前に、車を停めさせてもらってもいいですか?」
「でしたら、来客用の駐車場に案内しますね」
「いえ、場所さえ教えて頂ければ――」
すごいな、親父。流石に場慣れしている。
年の功というか、社交辞令がキッチリしている。
……と、思ったら、何もない所で躓いていた。
「……三上君もこちらに。楚御詩も」
それとなく、家の中にお邪魔させてもらった。
二階堂の話を聞いていた身としては、もっと高圧的な人を想像していた。
実物はというと、堅苦しい空気ではあるが、話のわからない人ではなさそうだった。
だが、それも二階堂相手だと別。
我が子を見る目は、酷く冷たく厳しいものだ。
リビング……リビングだよな?
家に通されたのはいいものの、重苦しい空気。
主に、隣に座る二階堂とそのお父さんが発している。
広々とした空間が落ち着かない。正に地獄の一丁目。
「成人君、で合っていますか?」
「は、はい! どうも」
「お口に合うといいのですけど」
二階堂のお母さんがお茶菓子を運んでくる。
「楚御詩ちゃんから聞いてます。とても頼りになる先輩だと」
「滅相もない! 俺なんか!」
俺のことをどう伝え聞いているのか。
気になる所ではあるが、聞ける状況でもない。
「楚御詩ちゃんは、学校では何か粗相をしていませんか?」
「ママ!」
遮って、俺の顔を不安そうに見てくる。
「ご心配なさらず。楚御詩さんは、俺なんかと比べてずっと良い子ですよ」
「そうですか?」
「はい。先輩としては誇らしい後輩で大事な……と、友達です」
「まぁ! お友達!」
嬉しそうに目を輝かせている。
身振り手振りが大袈裟に感じるほどだ。
前のめり気味に「もっとお話を」と、興味津々である。
「――友達か」
ぴとり。背中に冷や水が一滴垂れる。
そう錯覚するほど、さっきまで閉じていた重い口が開いた。
冷ややかに二階堂を捉える。
「……私のせいだとは言わないのだな?」
「そっ、そんな訳ないでしょ⁉ 先輩たちはあたしの友達! 正真正銘!」
父親の一言に過剰な反応を示した。
私のせい? お父さんが何かしたのか?
「本当にそうだと言い切れるのか?」
「言い切れる! だって先輩たちは――」
「今回のことが、私の頼んだことだとしてもか?」
「――――――」
顔が青ざめる。呼吸の仕方を忘れたように口を開閉する。
俺に向けた顔は、恐怖と絶望一色で染まっていた。
事情も何もわからない。ただ、全力で首を振った。
少なくとも、お前の考えていることは有り得ないと。
「ッ! こっのっ!」
「お前はいつもそうだ。今回のように、都合の悪いことがあればすぐに癇癪を起す」
「違う! あたしはもう子供じゃない! これはあんたが話を聞かないから!」
「だから、他人に迷惑をかけてもいいと?」
人睨みで二階堂の動きが止まっていた。
今にも掴み掛かりかねない動きが、凍ったように。
「道理が叶わぬ、願いが叶わぬ。だから、へそを曲げる」
追い打ちをかけるように容赦のない言葉が続く。
「それのどこが、癇癪と違うと言う?」
「それは……」
「お前はそうやってまた、あの時のように逃げるのか?」
ぽふん、とソファが力ない音を立てていた。
「……申し訳ない。見苦しい所をお見せした」
「いえ。二階堂さんの言うことは正しいです」
思いがけない言葉だったのだろう。音を漏らす。
事実として、二階堂は俺たちに迷惑をかけた。
俺たちがどれだけ取り繕おうと、心から心配したのだ。
「ですが、誰にだって逃げたくなる時はあります」
俺にだってあった。
「昔、俺も二階堂と同じことをしました」
「先輩……⁉」
「その時、友達として逃げ場になれたなら……これ以上に、嬉しいことはありません」
一人で不安な時、寄り添える場所になれたのなら。
「二階堂さん。子供が泣くのは親に見て欲しいからです」
赤子が泣くのは何かを訴えるため。
わかっている。俺たちはもうそこまで幼くない。
それでも、どうしようもない気持ちを親にわかってほしい時がある。
「楚御詩さんは、貴方と向き合う決意をしました」
二人の間にどんな事情があるかわからない。
「どうか、もう少しだけ二階堂を見守ってあげてくれませんか?」
今度はこちらが深く頭を下げる。
ただ、二階堂の覚悟が無駄になって欲しくない一心で。
沈黙が流れる。
呆れて物を言えないのか、或いは怒りに震えているのか。
顔を上げられない以上、確認する術はない。
「……パパ」
言葉を紡ぐのにどれだけの勇気が必要だっただろう。
「あたし、見せるから――もう、子供じゃないって」
ただ、震えながら一言、力強く言ってみせたのだった。
その後、何か返事があったわけではない。
その場は、何も知らずに戻って来た親父をきっかけに、解散した。




