夏祭り。
「……うぅっ~」
体を伸ばしながら、一階に降りるとまだ誰もいない。
心美たちはまだ起きてないのか。
起こそうと思ったが、女子たちの部屋を覗くのは気が引ける。
というわけで、スマホ片手にモーニングコール。
『――〝あ〝ぁ? んだよ、人が気持ちよく寝てるのに……』
おお、恐ろしい。寝起きとはいえ、声にドスが効き過ぎている。
「心美。素、素」
『んあ? せーじん……あっ、そっか、ボクたち泊まったんだったね』
「朝だぞ。みんな起こしてくれ」
『……んん、もうあさ?』
ボソボソっと二階堂の声が聞こえる。
どうやら、今のやり取りで起きたようだ。
『みそっち。はいこれ電話』
『でんわ? はい……もしもし……』
「二階堂。おはよう」
『せんぱい? おはよう…………………………先輩⁉』
思わずスマホを耳から離す。
『ちょっ、ちょっと待って見ないで⁉ い、今すっぴんだから!』
「いや、見るも何も」
『ぎゃあぁぁぁ⁉ みそっちスマホ投げないで⁉』
電話の向こうで阿鼻叫喚のてんやわんや。
天井がドタドタ慌ただしく揺れていた。
『うーん……? もひもひ……?』
「あ、新波さん」
『あ、みひゃみひゅん。おひゃようございます』
……新波さんはブレないな。
『どうひました?』
「いや、何でもない、そのままの新波さんでいてくれ」
電話が切れるまで、最後まで首を左右に振っているのを感じた。
その後は、何故か洗面台に待ち時間が発生していた。
「――なんだ?」
そうして、忙しない朝が終わった。
終わると何故か、視線で針の筵にされていた。
「いえ、何というか、ですね?」
「何だ? 俺が料理するのがそんなに変か?」
「先輩、そうじゃなくて、その」
「エプロンが似合ってるのが逆にきしょい」
割と容赦のない悪口が心を抉る。
「そういうの偏見って言うんだぞ」
「いや、だって、ねぇ?」
「台所に立つ姿が妙に様になっているといいますか」
「それが逆に不気味っていうか……」
「君たち、本当に俺に遠慮が無くなってるな?」
必死に擁護しようとしないでほしい。却って傷付く。
「それで、今日は夏祭り行くでいいのか?」
「あたしはその予定でいるけど」
「私は、みんなが行くなら」
自然と心美に注目が集まる。
「浴衣のことなら任せんしゃい!」
堂々と胸を叩く。
昨日今日で用意できるとは思えないが、いったいどうしたものか。
昼間になって、心美が一度出かけて、そのまま夕方になった。
今はみんなの着替えを、親父と一緒に待っている段階だ。
「――さぁ、やって参りました! 浴衣ファッションショ―!」
「何やってんだ?」
「会場の努君もこの笑顔だ!」
どこからともなく取り出したマイクで観客を煽る。
「審査員はこの男! 実は動物好きな三上成人君だー!」
「おいこら。勝手に人の趣味をばらすな」
「因みに、今回浴衣を提供してくれたのは心美君のお母さんだ!」
「――お待たせしました~」
一番最初に、階下に降りてきたのは新波さん。
桃色の浴衣を身に纏い、お淑やかながらも可憐な振る舞いが板についている。
「エントリーナンバーワン! 新波綾那君だ!」
「え? な、何ですかこのノリ?」
「息子が友達連れてきてはしゃいでるんだ。付き合ってやってくれ」
「そ、そうですか……」
「心美君曰く、落ち着いた雰囲気を際立たせてるらしいぞ! 成人君、一言どうぞ!」
マジで言ってるのか。俺は心美ほど、可愛いに詳しくない。
だというのに、新波さんまで期待するような眼差しを向けてくる。
「あー……濃い色だが、それを魅力に変えてる見事な塩梅で、綺麗だぞ?」
「あ、良かったです。普通に褒められるんですね」
「なんだ? 『頭の中に留まらず、浴衣までピンクなのか』とか、言えばよかったか?」
「ピンクじゃないですぅ、年頃はこれくらいですぅ」
「あ、あの……」
「おっと? エントリーナンバーツー、二階堂楚御詩君だが?」
ノリについていけないのか、陰から顔だけ出している。
恥ずかしいのか、ほんのり顔を赤らめている。
気になって側まで行こうとすると、慌てて引っ込んでしまった。
「三上君駄目ですよ。私が行きますから」
「お、おう? 悪い」
「あと、ちゃんと褒めてあげてくださいね?」
剣幕に反射的に謝ってしまった。
釘を刺すように何度も振り返り、二階堂と話をしていた。
恥ずかしがっていた二階堂が、顔を赤らめながら出てきた。
透き通った水色に、白い水玉模様が施されている。
本人のイメージも相まって、非常に爽やかに仕上がっている。
当然、トレードマークのヘッドホンも。
「では審査員の成人君!」
やめろ、変なプレッシャーかけるな。
二人の視線が背中に刺さり、正面からは心なしか潤んだ瞳に挟まれる。
よくわからない緊張感に襲われて言葉が出てこない。
「……やっぱり、あんまり似合ってないかな?」
「いやいや! 良く似合ってるぞ?」
「そ、そう?」
「悪い、ちょっと見惚れて声が出なかった」
「ッ⁉ ……そ、そっか」
噓は言ってない。二階堂はとても綺麗だ。
新波さんもそうだが、素材がいいからこそ良く似合う。
後方先輩面の新波さんも、どことなく満足そうにしている。
「うぇーい……みんな盛り上がってるぅ……?」
後から心美が出てくるが、まるで地を這うようなゾンビのような死に体だ。
「エントリーナンバースリー! 前川心美君だ!」
「いぇーい……」
「何でもお母さんにこっぴどく怒られたようだぞ!」
一番調子に乗りそうな心美だったが、今は疲弊している。
それもそのはず。今朝急に『浴衣を用意して!』と無茶振りをすれば。
「お前、良く用意して貰えたな?」
「夏祭りに浴衣無しはナンセンスだって……」
流石、心美の可愛いの師匠だけはある。
心美の浴衣は、花柄が多く何処かファンシーなテイストだ。
ここまでお膳立てされては、夏祭りに行かない選択肢はない。
「それじゃあ、俺たち行ってくるよ」
「楽しんでくるといい」
残念ながら親父は仕事の打ち合わせで不参加だ。
「すみません私たちだけ……」
「新波君が気にすることじゃない。折角の青春に、おじさんの出る幕はないからね」
「前川先輩、道わかった?」
「今、検索中~」
「調べなくていいぞ? 行ったことあるから」
「まじで⁉ あのザ、インドアが⁉」
「私の同種の三上君が⁉」
「君たち俺を何だと思ってる? 昔、母さんと行ったんだよ」
俺が行きたいとせがんだのか、連れて行ってもらったのか。
よく覚えていない。行ったのは確かなのだが。
バスに乗って少し、最寄りのバス停で降りる。
河川敷近くで行われているが、既に祭りの飾り付けや提灯の光が見える。
「おお、これぞ祭りって感じ!」
「屋台も沢山ありますね」
「へー、こんな感じなんだ……」
珍しい物を見るように眺めている。
「二階堂、もしかして初めてか?」
「うん。あんまり馴染みなかったから」
「それなら! ボクが祭りの極意を伝授しよう!」
「祭りに極意なんてあるんですか?」
「適当言ってるだけだぞ」
とはいえ、大トリの花火まで時間がある。
その間に屋台を見て回った。
「せーじん先輩、あれ何かな?」
「うん? 輪投げだな。引っ掛けた景品が取れる」
「景品は~何々~? って、カブトムシあるよ……」
「カブト虫ですか!」
思わぬ人間から、思わぬ反応が飛び出る。
「え~? あやなっち好きなの? 虫だよ?」
「だってカッコいいじゃないですか! キングトルネードスローですよ!」
目の輝きが小学生のそれ。
「……前々から思ってたけど、新波先輩って」
「たぶん、感性が小学生だな」
よくて中学生かそれくらいだろう。
「三上君取ってください」
「何で俺に丸投げ? やだよ」
「お願いです! ちゃんと育てますから!」
「駄目です、そう言ってあんたお母さんに世話させるんじゃない」
いや、新波さんの性格的にきちんと世話するとは思うが。
カブトムシを女の子にねだられる構図が、なんか嫌だ。
「取るなら、あっちの金魚にしなさい」
「やっぱりあるんだね。祭りと言えばだけど」
「二階堂もやってみるか?」
「いいの? あたしあんまりわかんないけど……」
物は試し。新波さんは納得していない様子だが、諦めたらしい。
というわけで、ポイと器を二人が構える。
「前川さんはやらないんですね?」
「ボクん家、生き物系はうるさいからパス」
俺と心美は後ろから観戦する。
新波さんは気合を入れて袖を捲っている。
だが、二階堂は道具を渡されてもキョトンとしている。
周りの見様見真似で金魚を狙うが破れてしまう。
「これ、見かけよりも難しい……」
「ちょっといいか?」
「せっ、先輩っ⁉」
「こっちから追いかけるんじゃなくて、金魚が来るのを待つんだ」
後ろから手を掴み、慎重に案内する。
金魚を隅の方に追い込み、静かに時を待つ。
「ここだ!」
丁度上に来た瞬間を狙い一匹を掬いあげる。
「すごい……ひゃっ⁉」
「こんな感じで……ってどうした?」
「わ、わかった! も、もう大丈夫だから!」
存外に近かった顔が急激に遠ざかる。
少し馴れ馴れし過ぎただろうか。
その後、二階堂の動きはむしろたどたどしくなっていた。
「いやー! 結局、あの一匹しか掬えなかったね!」
河川敷の坂でたこ焼きと焼きそば、その他もろもろを抱えている。
「心美買い過ぎだ。荷物持ちの気持ちを考えろ」
「何をー! 祭りだぞ~? 食べなきゃ損だよ!」
「金額的には損してるんだよ、お祭り価格だから」
「二階堂さん、どうかしましたか?」
「……なんか、不思議でさ」
小袋の中を泳ぐ金魚を眺めている。
「普通に動物を飼うより、嬉しい気がする」
「それがお祭りというものですから」
それは、一過性の熱に過ぎないかもしれない。
それでも、今の楽しさは不変のものだ。
「ようし。この子はせーじん二号と名付けよう!」
「勝手に名付けるな、金取るぞ」
「相変わらずのネーミングセンスですね……」
「せーじん二号か……うん、そうする」
当の本人は、思いのほか好感触だった。
「ほ、本当にそうするの?」
「先輩のおかげで取れたから」
「二階堂がいいならいいが……」
愛称とはいえ、自分の名前が付いた生き物だ。
それを、優しい目で見つめられるとむず痒い気持ちになる。
「記念に写真撮っちゃお」
「やめろ。せーじん二号は繊細なん……ん?」
不意に、背中の服を引っ張られた。
何事かと後ろを振り返ってみれば、そこには男の子がいた。
「――うわぁぁぁあぁぁあん!」
目が合った瞬間、大泣きを始めてしまった。
いや、正確には目が合った時には既に涙を溜めていた。
「せーじん泣かしたー」
「え、あ、は⁉ これ俺のせいか⁉」
「うわぁぁあぁぁあ!」
「二人とも騒いだら余計に泣いちゃいますよ⁉」
「……たこ焼き食べる?」
突如現れた少年にてんやわんや。
どうにかこうにかして、泣き止ませることに成功した。




