責任。
「――親父」
「何だ息子よ」
「何で初手サウナなんだ?」
体を洗ってすぐに、俺を誘拐してきた。
「こんな絵面誰も望んでないんだが?」
「何を! お父さんは望んでいるぞ!」
暑苦しい。たださえ暑いのに、親父のせいで尚暑い。
相手すると体力を消耗するので、極力無視している。
「――学校は楽しいか?」
突拍子もなく言ってくる。
何度聞かれても、俺の答えは一つだ。
「俺は学校が嫌いだ」
「やっぱりそうか?」
これに限っては俺の意見が変わることはない。
社会のレールを強制して、異端は裁かれる。
そういう在り方は今でも普通に嫌いだ。
「けど、最近のお前は楽しそうだぞ?」
「それは学校が楽しいんじゃない。あいつらといるのが楽しいだけだ」
そこは履き違えて欲しくない。
「急に素直になるな……はっ! 父さん知ってるぞ。これが所謂ツンデレだな?」
「俺のツンデレのどこに需要があるんだ」
「父さんたちにある!」
「あの、ちょっとキモイんで近づかないでくれます?」
ちょ、やめろ。今の状況で近づいてくるな。
「あ、どこへ行く! 父さんと一緒に風呂に入ろうじゃないか!」
「親父と一緒の風呂入りたくない」
「がはっ!」
「俺でも傷つくのかよ……」
水風呂に入って、脱衣所に向かう。
整う体と共に頭が冷静になると、二階堂の姿が思い浮かぶ。
彼女もまた、俺と同じように辛い環境から逃げてきた訳だが。
「――あ、三上君」
「新波さん、早いな」
コーヒー牛乳を呷っていると、ポカポカした新波さんが現れた。
赤みを帯びた体はいつもより色っぽく感じる。
「私もいいかな?」
「ああ。心美たちは?」
「あっち」
同じものを手渡すと、プライズコーナーを指さした。
「おお! 何かミニマムでキューっとな奴のクレーンゲームだ!」
「へー流石……どこにでもあるもんなんだ」
「みそっち取って!」
二人とも、童心に帰ったみたいにはしゃいでいる。
こういう小っちゃな遊び場は、不思議と心躍るものだ。
瓶を片手に眺めていると、ふと気が付く。
牛乳をちびちびと飲みながら、新波さんが髪先を弄っている。
「……髪、気になるのか?」
「うん。私髪長いから、自分だと上手く整えられなくて」
髪をくるくる巻いて遊んで見せる。
確かに、二人と比べて随分と長い。腰まであるんじゃないだろうか。
「梳いてやろうか?」
「え? いいの? というかできるの?」
「ブラシ貸してくれ。そして座れ」
戸惑いながら、恐る恐るといった様子で椅子に座る。
髪が散らからないように、丁寧に梳いていく。
ブラシが引っ掛かった時には少し戻し、絡まりを解していく。
「わ」
「痛かったか?」
「ううん。ちょっとくすぐったいですけど……」
問題はなさそうなので続けていく。
「……手慣れてるね」
「そうか? これぐらい普通だろ」
「男の子はこういうの疎いと思ってた」
まぁ、確かに。男子が上手いと言うのは珍しいかもしれない。
「昔やらなかったか? 美容師さんごっこ」
「美容師さんごっこ?」
「こうやって、母親の髪で遊ぶこと」
「うーん……私はどちらかというと遊ばれる側だったかな?」
紗那香さんの気持ちもわかるかもしれない。
新波さんの髪、やたらと手触りがいいんだ。
「どうする? 三つ編みもできるぞ?」
「普通でいいよ」
「そうか……」
「何でちょっと悲しそうなんですか?」
俺がしょんぼりすると、クスリと笑った。
「お母さんと仲が良いんですか?」
「……そうだな。昔の親父は出張ばっかだったから」
帰ってきたと思ったら、三日後ぐらいにはいなかった。
その影響もあってか、幼い頃は母との思い出の方が多い。
「よく言われたよ『あんな女心のおのじもわからない男になっちゃ駄目よ?』って」
「その割には三上君、わかってませんよね?」
「これでも、花を労わるように接してるんだが……」
「ただ大切にすればいいものでもないですから」
そういうものなのか。やはり女心は難しい。
悩まし気に唸ると「冗談です。半分は」と、笑われた。
「……母さんとは別居してるんだ」
俺の言葉に、口をまごまごとさせる。
遠回しに訊いてることに気が付かないほど、鈍くはない。
ただ、変に気を遣わせてしまった。
「別に夫婦仲とか親子仲が悪い訳じゃないから、安心しろ?」
では何故か。誰だってそう思う。実際そんな顔だ。
「では何故か。答えは単純、ただ嚙み合い悪かった!」
「噛み合い……ですか?」
「ああ。ちょっと歯車がズレただけ。俺が良い子にしてれば戻ってくる」
だから本当に気にしなくていいのだが。
返ってくるのは愛想笑い。気にするなと言っても、新波さんは気にするタイプだ。
気まずい空気。何か別の話題に変えよう。
「みそっちナイスキャッチ! 頑張れボクの四百円!」
真剣な顔でレバーを操作する少女。
彼女のことは実の所、あまりよく知らない。
どういう訳か俺を慕ってくれている。
今回も遠回しにだが俺を頼ってきてくれた。
「責任、感じてますか?」
「……まぁな」
俺はあの時、堂々と逃げることの正当性を謳ってしまった。
今でもその考えは変わっていない。
新波さんのこと、今回の二階堂のこと。間違いだとは弾劾しない。
「勘違いさせたかもなって、ちょっと気にしてる」
俺が慕っているが故に、信じ込んでしまったかもしれない。
二階堂は本来、素直で良い子だ。
それがどういう訳か、つっけんどんな性格で振る舞っている。
ふと思い至る。もしかしたらこれが、彼女の不登校の原因かもしれない。
だとしたら、相当根深い問題だろう。
「何というか……自分で自分を決めつけているというか、自縄自縛というか」
「亀甲縛り⁉」
「うん、ごめん。俺が悪かった。この際、俺のせいでいい」
駄目だ、このセクハラおじさん。早く何とかしないと。
二階堂は孤独であることに固執してしまっている。
「――大丈夫ですよ」
ふわりはためく髪から、いい匂いがする。
「二階堂さんはちゃんとわかっていますから」
「……そうだといいなぁ」
根拠なんてまるでない言葉のはずだった。
だが不思議と、和んでしまった。
それは彼女の特性なのか、フニャフニャした表情をしてるからか。
それなのに、芯のあるような一言だった。
……妙に信頼されてるな。
「ふいー、大量大量……って、ずるい!」
二人が大量の景品を抱えて戻って来た。
「ボクもあやなっちの髪触りたい!」
「そっちなんだ……」
俺からブラシを取り上げて、遊び始めていた。
途中何故か、新波さんの悲鳴が聞こえてきていた。
「うぅ……折角、三上君が整えてくれてたのに」
「に、新波先輩大丈夫! そ、その髪型も似合ってるから!」
二階堂、たぶんそれは褒め言葉になってない。
心美の手によってお嬢様ヘアーに改造されていた。
「ねぇねぇみんな!」
元凶はというと、飽きたのかポスターを眺めていた。
指さしたポスターには花火が大々的に描かれていた。
「城の近くの河川敷で、毎年やってるやつか」
「祭り! つまり浴衣! ディスイズ可愛い!」
二人を指差さして大興奮。
要するに行きたい訳だ。
「人混みですか……あんまり好きではないですね……」
「俺も。暑いしな」
「それに、肩がぶつかっていちゃもん付けられるんですただでさえ暑苦しいのに――」
「わーお。こいつら筋金入りだ」
面倒臭いことに、俺たちは行かないとは言っていない。
どうしても行きたいのなら、仕方がなく、億劫だがついていこう。
「行くのはいいけど、浴衣はどうするの?」
「それは……どうしようか?」
「俺に振るな。言い出しっぺの法則に則れ」
文句言いた気だが、浴衣に関しては心美の我儘だ。
「…………わかった! ボクが何とかしよう!」
「できるのか? 祭り明日だぞ?」
「ボクは可愛いのためなら限界を超える! リミットブレイク!」
よくわからないが、どうにかするらしい。
外に出ると夜風がひんやり……というより生暖かい。
肌にべっとり張り付く感じが、絶妙に不快だ。
「夜なのに暑いですね」
「地球温暖化って奴かな?」
「人間の現代機器への依存は唾棄すべきだと思うよね」
「真っ先にエアコン点けた奴が何か言ってら」
さっさと涼しい部屋に戻ろう。エアコン万歳。
ふと、俺と新波さんの足が止まる。
「……私たち、何か忘れていると思うんです」
「奇遇だな。俺もだ」
二人で健康ランドを振り返る。
――後に、サウナで死にかけていた親父が発見された。




