恋バナ?
「新波君、ちょいちょい」
みんなで健康ランドに行こうとしたところだった。
玄関の中から、三上さんが私に手招きをしている。
「どうしたの先輩?」
「しーっ……」
話そうとしたら、三上さんが人差し指を口に当てていた。
「……ごめんなさい、忘れ物しました」
「なら待ってよっか?」
「大丈夫。先に行っていてください」
「親父にも早くするように言っといてくれ」
三人が先に行くのを確認して、家の中に入る。
「どうかしたんですか?」
「……君は、努君のことはどう聞いてるかな?」
「どう、と言うのは」
赤ん坊の頃に亡くなった、三上君のお兄さん。
それ以上のことも聞いていない。
他の二人も同じ認識で間違いないはずだ。
「三上君は、常に傍で守ってくれる人だと言ってました」
自慢気に、嬉しそうにそう語っていた。
「そうか……」
「あの、それがどうかしたんですか?」
「いや、ね。いけないね、少し感傷的になってしまった」
……なんだろう。いつもの雰囲気と違う。
快活で、豪快な笑みとは違う。真逆の寂しそうな顔だ。
「一つ、頼みを聞いてくれるかい?」
「頼み、ですか?」
「あの子を見ていてあげてほしい」
言葉の意味を汲み取れずに凝視してしまう。
「あの子はぶっきらぼうだけど、周りをよく見るんだ。見えてしまう」
三上君の不思議なところはそこだ。ぶっきらぼうだけど、ノンデリではない。
土足で踏み込んでくるように見えて、丁寧に靴を揃えて上がってくる。
何よりも、自分の見たことを優先するタイプだ。
つかず離れず、適度な距離感でいてくれる。
「それ故に、見たものを背負い込むきらいがあってね」
それはたぶんあるだろう。
前の私のことだったり、今回の二階堂さんの件だって。
人一倍、気を遣ってくれている。
「――努君を見る父さんたちのことも、きっと」
初めて話題に出した。
ここにやって来て、気になっていたことが一つあった。
三上君の母親の姿がない。三上君たちは一度も話題にしなかった。
それが意図的なのか偶然なのかわからない。
最初は出掛けてるのかと思ったけど、そんな雰囲気じゃなかった。
「どうして私なんでしょうか?」
二階堂さんはまだしも、適任は私よりも前川さんだ。
中学からの知り合いで、私よりもずっと仲がいい。
「君は成人君と似てるからね」
「三上君と私が、似てる?」
「だから、あの子と対等でいられると思う」
……どうしよう。褒め言葉だとしたらあんまり嬉しくない。
三上君、割と性格悪いし。いえ、良い所は確かにあるんですけど。
それよりも嫌なところが目に付く。
「何だかよくわかりませんけど、大丈夫です」
そんなことわざわざ頼まれなくたって。
「私は三上君の友達ですよ」
「……ありがとう」
困ってたら助けるし、助けてもらう。
そこにお願いも何もない。必要ない。
だって、三上君はそうしたから。
「――うっひょー! 広いね!」
興奮気味に前川さんが腕を上げて、覆っているタオルが落ちる。
それを二階堂さんがまき直してあげている。
「な、なに?」
前川さんがガン見している。
異性でも失礼に当たるぐらいにはガン見している。
あまりの圧に唾を飲んでいた。
「みそっち胸でか」
「ちょっ⁉ どこ見てんの⁉」
ドストレートなセクハラ発言が飛び出した。
普段と違って、タオルがはち切れんばかりの大きさだ。
どうやらかなり着瘦せするタイプらしい。
というよりも、本人がそう意識してるのかもしれない。
「むふふ。ボクが背中流してあげるよ」
「や、やだ。前川先輩、どさくさに紛れて触る気でしょ」
「そんなことないよぉ? ほらほら裸の付き合い」
手をワキワキさせるので、二階堂さんが後ろに逃げてきた。
「もう、前川さん。二階堂さん嫌がってますよ?」
「みそっちいいのかなぁ? あやなっちはエロゲをやってるんだよ?」
「そ、それがどうなの?」
サラッと私を刺しつつ、意味有り気に溜めを作った。
「女の子に並々ならぬ感情を抱いてる可能性もあるよ?」
「そんな。流石に現実の女の子には……」
振り返ると、二階堂さんが距離を取っていた。
その顔は絶望に歪んでいた。
「新波先輩……信じてたのに……」
「違うよ? 本当に違うからね? だから、そのマジな顔止めてぇ!」
「二人とも騒いじゃ駄目だよー」
酷い。始めたの前川さんなのに。
みんなで一緒に体を洗うが、二階堂さんは一つ二つ距離を取っていた。
湯に入っても、心なしか心の距離が開いている気がする。
「はぁ~、極楽極楽……ところでみそっちはせーじんのどこが好きなの?」
「は、はぁ⁉」
「そういえば訊いたことなかったなって」
しどろもどろになりながら、言葉に鳴らない音を発している。
かく言う私も、実は気になっていた。
女の子はこういう話が好きなのだ。
「べ、別に好きじゃないわけじゃないけど……ただ」
恥ずかしそうに、深めに体を鎮める。
「初めて会った時、ホントに気軽に助けてくれてさ」
「ああ、あれね。学食の席譲ったね」
「せーじん先輩からすれば、空き缶でも拾ったぐらいだったと思うけどさ」
話の内容から、何となくは推察できる。
同時に、彼ならやるだろうという確信あった。
「あたし、色眼鏡で見やすいから。あれ、すごい嬉しかったんだ」
嬉しそうに。宝物を見つめるようにその時を見ていた。
「だ、だからって別に好きとか、そんなんじゃ……その、憧れっていうか」
必死に取り繕っても、今は墓穴を掘るだけ。それが微笑ましい。
私たちの視線に気づいて、顔を沈めてしまう。
そのままブクブクと、文句を言うように泡を立てる。
たぶん、まだ本人もよくわかっていない。
尊敬なのか、恋なのか。心の中で区別が付いていない。
私たちが恋だと言うのは簡単だけど、それはきっと違う。
今は見守ろう。大事な時間だから。
「……そういう二人はどうなの? せーじん先輩をその……」
「確かに。あやなっちは好きになってもおかしくないね」
サラッと自分を除外している。
「私は……どうだろうね」
二人が不思議そうな顔を浮かべる。
三上君には感謝してる。少なくとも悪感情は抱いてない。
ううん。どれだけ言い訳を並べても、これは否定できない。
「私は三上君のことが好きだよ」
「おおぉ」
これを恋だと言う人がいるなら否定しない。
友愛だと言われても同じ。好意を抱いてることは間違いない。
「けど、それは二人に対しても同じですから」
「おっふ。こうも臆面もなく言われると流石に照れるぜ」
「なんか……羨ましい」
「ふふ、そうですか?」
こうやって馬鹿みたいなことやってる時間が大好き。
私はみんなといる時間が大好きだ。
「私は正直に話しましたから、次は前川さんですね」
「うげっ、逃げ切れると思ったのに」
「そうだよ。中学からの付き合いでしょ?」
上手いこと逃げようたってそうはいかない。
二階堂さんも気になるけど、二人の関係も気になる。
「正直言ってボク、恋愛はしばらくいいかなって思ってるんだよね~」
意外にも酸っぱそうに舌を出していた。
「え、先輩経験あるの?」
「と言っても、中学の時にフラれたんだけどさ」
「もしかして三上君にですか?」
「違う違う。小学生の頃から好きだった男子だよ」
小学生、そんな小さい頃からの恋。
いわゆる初恋という奴なのだろう。
「何て言われたと思う? 『お前可愛くないから』だって、酷いよねー」
「先輩が……可愛くない?」
「ボク、それがショックで一ヶ月引きこもった!」
苦い経験だろうけど、あっけらかんと言い切った。
確かに好きな人にそんな理由でフラれたら、傷心する。
「けど、前川さんが可愛くないなんてフラれるなんて」
「しかーし!」
勢いよく立ち上がって水飛沫が上がる。
他のお客さんに謝りつつも、堂々たる姿で語る。
「ボクは気付いた! 可愛いは正義であることに!」
いつものノリ、いつもの自信で語る。
「実際、可愛くなったら周りの反応が変わったからね。可愛いはれっきとした武器!」
私たち、特に二階堂さんに両手の指で交互に差す。
簡単に言ってるけど、何時にも増して重みが違う気がした。
今の話を聞いたのもあってか、反論できずにいる。
「使わないのは自由だけど、損だと思わない?」
「損……」
「ま、その分税金も払わされるけどね! だからなおのこと、使わなきゃ損だよ!」
言うことも一理あると思う。
どれだけ屁理屈を並べても、人が見た目から受ける印象は大きい。
当たり前だけど、明確に強い武器になる。
「だからその悩殺ボデーでせーじんを落とそう!」
「ひゃっ⁉ 胸突っ突くな⁉」
水面に浮かび上がった胸がたゆんと揺れる。
あれだけ大きいのは私から見ても、魅力的かもしれない。
ただ一つ問題点がある。
「三上君に色仕掛けって効くかな?」
私たちといる時も、ドギマギする様子を一つも見せなかった。
「そもそも私たちを女の子だと思ってるかな?」
「どういうこと?」
「何て言うのかな……異性としてじゃなくて、女の子って言う生物を扱っている?」
優しくもしてくれる。尊重もしてくれる。
だけどそれは異性だからじゃなくて、赤ん坊は守るような、シンプルな理由というか。
私が言葉にできないでいると、前川さんが手を叩く。
「知識と教養を付けたクソガキだね!」
「「あぁ~」」
すごい失礼だけど、納得してしまった。
うん。本当に失礼だけど。
「二階堂さんは大変ですね」
「そうだね…………って、あ、今のは違っ⁉ もう、新波先輩まで!」
「そそそうううだだだねねね」
「先輩は電気風呂入りながら喋らないで、怖いから」




