お泊り会。
――朝。
久しぶりの金縛りに遭いつつも、体を起こす。
時刻は七時半。普段なら学校の準備をするところだ。
しかし、今日はこのまま二度寝しても許される。
何故なら夏休みに入ったからだ!
「親父、足退けてくれ」
「お、悪い悪い」
慣れないパソコンと睨めっこ中の親父。
夏休みとはいえ、家事は年中無休。社会人は普通に仕事だ。
「親父、今週は?」
「うん? まぁ半日もあると思うが、基本は在宅だな」
「じゃあ、昼飯いるのか。面倒だな」
「その言い方はないだろ? 父さん傷付いちゃう!」
五十超えたオッサンの、小動物みたいな目。
家事よりも、今週ずっとこのオッサンの相手すると思うと気が重い。
それに、家事は家事で普段からやってるので、溜まっているわけでもない。
二人暮らしともなれば、午前中に終わってしまう。
自分の部屋の机で課題と向かい合う。
やることが残っていると落ち着かない。
ので、基本的に夏休みの宿題は前半で終わらせる派だ。
すると、スマホで流していた音楽が着信で止まる。
送り主は……二階堂?
それも、オルタナティ部にじゃなく、俺のアカウントに飛んできた。
他の二人とは個人でのやり取りはよくする。
だが、二階堂は珍しい……いや、初めてじゃないか?
『せーじん先輩、今いい?』
どうやら急を要するらしい、すぐに返信する。
『いいが。どうした?』
『先輩のとこの駅って、泊る所ある?』
『泊る所?』
ここら辺は都会とも田舎とも言えない場所だ。
観光名所というわけでもないので、宿泊施設はそう多くない。
それでも、駅周辺ならどこかはあると思うが。
『ネットカフェとか、カラオケでもいい』
『待て待て、急にどうした?』
そう送ると、返信が止まった。
何か気に障ったかと、落ち着かないでいるとメッセージが返ってくる。
まるで、その一文には少しの決意が必要だったかのように。
『今、家出してる』
『家出?』
「――はぁっ⁉」
思わず声が出る。
一瞬、意味がわからなくて普通に送信してしまった。
あまりに唐突過ぎて、脳が文字の認識を拒んだ。
「ちょっ、ちょっと待てよ……?」
つまり話の流れからして、二階堂は最悪、ネカフェに泊まるつもりか⁉
『とりあえず行くから、最寄りで降りてくれ』
慌てて階段を駆け降りる。
「悪い、ちょっと出かけてくる」
「おう、気を付けてな」
最低限の装備で駅までダッシュする。
駅構内に入ると、二階堂が改札を通っていた。
片手にスーツケースを引き摺っている。
「二階堂!」
「あ、先輩……」
側まで行くと、ばつが悪そうに目を逸らされる。
「その……ごめん」
「ごめんじゃない。心配かけさせやがってからに」
後輩が一人で家を出たと聞いて、流石の俺も気が気ではなかった。
とりあえず、姿を確認できて一安心といったところだ。
「何があった?」
冗談や軽い気持ちで家出する子じゃない。
それは、今までのこの子を見てればわかる。
目を逸らしたまま、口を噤んでいる。
「あー、話すにしてもここじゃなんだよな」
しかし、この辺にお洒落なカフェなど存在しない。
「家、来るか?」
「え?」
――家までの道のりは過酷だった。
二階堂がずっと俯いたままなので、話すこともなく。
そもそも、俺は話上手でもない。
ただ、悪戯に環境音が響くだけだった。
「――なるほどなぁ」
向かいの席で親父が、無精ひげを弄る。
俺と二階堂を交互に見つめ。
「こういうシチュは、お嫁さんを連れてきた時にして欲しかったぞ?」
「返す言葉もないっす、はい……」
今回ばかりは、ツッコミを入れる資格はない。
「あの、先輩は悪くないので……」
「……二階堂君、だったかな?」
「は、はい!」
重みのある声に背筋を伸ばす。
「どんな理由があれ、女の子が一人で飛び出すのは感心しない」
「……すみません」
「本当ならすぐにでも君の家に帰さないといけない」
それは大人として当然の判断だ。
例え、息子の友達であっても、そこに文句を挟む余地はない。
「何か、理由があるんだね? 話してくれるかな?」
だが、それで終わるならそもそもここに連れてきていない。
二階堂は驚いた様子で顔を上げる。
最初は言いにくそうにしていたが、観念した様に吐き出した。
何でも、二階堂の家は割と裕福らしい。
父親がその業界でも偉い人らしく、名も知れているらしい。
ただ、娘の二階堂曰く「仕事一筋で家庭を顧みない人」だと。
それが原因で、これまでも衝突することもしばしば。
そして、膨れ上がったモノが今日遂に爆発してしまったようだ。
「パ……父はいつまでもあたしを子供だと思って舐めてるんです!」
いつにも増して語気が荒い。握り拳にも力が入ってる。
それは、親子間の確執の深さを物語っている。
ただの反抗期と片付けるのも良くない気がする。
親父と顔を見合わせる。あっちはあっちで困った様子。
「親父、一日ぐらい泊めてやれないか?」
「せ、先輩⁉」
「仕方ないだろ。このまま放っておけるか?」
「け、けど! そこまでしてもらう義理ないよ」
「だが、帰る気もないだろ?」
図星を突いたようで、言葉に詰まる。
「親父、二階堂にも冷静になる時間が必要だと思うんだ」
「うーむ。そうしてやりたいのはやまやまなんだが……未成年を許可なく泊めるとな?」
クソっ、こういう時に法律というのは厄介だ。
「二階堂。親御さんには……お母さんには何て言ってある?」
父親とは険悪そうだったが、母親は出てこなかった。
「母には、友達の家に泊まるって」
様子を見るに、お母さんとは少なくとも悪くはないらしい。
親父が腕を悩まし気に組む。
具体的な解決案は思い浮かばない。
このまま三人で考えても恐らく平行線だろう。
『ヘルプミー、オルタナティ部緊急集合』
『なんぞなんぞ?』
『三上君から連絡は珍しいですね?』
『実はオルタナティ部重大案件』
『それならみそっち待った方がいい感じ?』
『でも、既読は付いてますよ?』
『ホントだ』
『実はその二階堂が、かくかくしかじかとらとらうまうま』
『なんだって⁉ あのみそっちが⁉』
『今のでわかるんですか?』
『全然』
事情を説明すると、各々が驚いた反応をする。
だが、訳ありであっても受け入れるのがオルタナティ部である。
数分のやり取りの後『ちょっと待ってて』と、返信が来た。
どうやら、二人とも来てくれるらしい。
「だそうだ。それまで家で待っててくれるか?」
「あたしは、全然」
スマホを握りしめている。
やり取りを見てはいても、罪悪感から口は挟めなかったらしい。
二人を待っている間にふと、二階堂のスーツケースが目に入る。
「ところで、何を持って来てるんだ?」
「おいおい息子よ? 女の子の持ち物を聞くもんじゃないぞ?」
「わかってるよ。だが、今は常識を説いてる場合じゃない」
「えっと……着替えと、あとは問題集?」
「問題集?」
家出に似つかわしくない道具に首を捻る。
「え? どんな時でも課題はやるものだよね?」
キョトンと、さも当たり前のように口にする。
「新波さんもそうだが、ますますらしくないな」
「それは先輩も一緒だと思う」
「そうか? 俺はあからさま陰キャだぞ」
お化けのポーズで陰鬱さを表現する。
そしたら、控えめに笑われてしまった。
「変なの」
どうやら、緊張は解れてきたらしい。
雑談をしていると、インターホンが鳴る頃にはいつも通りになっていた。
「「みーかみくん! 遊びましょ!」」
「小学生かお前らは」
近所迷惑なので、すぐに止めにかかった。
が、二人とも何故か大荷物だった。
「何だその荷物?」
「あやっちと話し合った結果だね!」
「私たちも三上君の家にお泊りしようと思って」
「名付けて! 家出をお泊り会にしよう大作戦!」
自信満々にサムズアップする。
しかし、こちらはいまいち話についていけない。
心美からは諦めて、新波さんに視線で尋ねる。
「今の問題は、二階堂さんが家出してる、が問題ですよね?」
「そうだな?」
「なので、家出ではなくお泊り会という名目なら問題ない、という話になったんです」
理屈は理解できた。
それなら問題もないし、法律によって親父が裁かれることもないだろう。
「先輩たち、ごめ――」
「おっとみそっち! 謝るのは無しだぜ?」
俺の影から出てきた二階堂が頭を下げようとする。
だが、それより先に止められた。
「ボクたちはただ、お泊り会をしに来ただけだからね」
「そうですよ。これはただのお泊り会なんですから」
「先輩……ありがとう」
あくまで、そういう体を貫くつもりらしい。
だが、それには大きな問題が一つある。
「心美、親御さんの許可は? 結構厳しいだろ」
女の子と一緒とはいえ、男の家だ。そう易々と許されるとは思えない。
「モーマンタイ! そこは女の子と! 泊まるって言ったから」
「なんか引っかかる言い方だな?」
「そんな詐欺師じゃないんだから。ボクは嘘言ってないよ?」
「俺、知らないからな?」
「大丈夫だって。バレても君の家だし」
確かに嘘は言ってない。
ただ、男がいるとも言ってないだろ。
「新波さんは? 紗那香さん何か言ってこなかったのか?」
「言うどころか、理由を話したら……ぽわぽわぽわ」
「あ、回想入る感じか?」
――少し前の新波家。
『え? いいわよ別に』
『そんなあっさり。一応は男の子の家ですよ?』
『何? あやが襲うの?』
『襲いませんよ⁉』
「――ぽわぽわぽわ……という感じです」
「うん。らしいな、滅茶苦茶らしいな」
「後からお父さんがちょっと暴れたんですが、お母さんが黙らしていました」
それも想像できる。新波さんの家、すごいかかあ天下な気がするから。
「だそうだが、親父いいか?」
紆余曲折あるが、これでみんなの合意が得られた。
二人の気持ちを尊重して俺としてはこれ以上、突っ突くつもりはない。
「――駄目だ」
仁王立ちに、全員の動きが止める。
「努君の許可も取らないとな?」
「そうだった。全員、挨拶」
「わかりました」「りょ!」
訳知り顔で上がる二人。
「努君……?」
「俺の兄貴。後で色々と説明するよ」
「二階堂君、お家の電話番号教えてくれるかな?」
「そんな! わざわざいいですよ!」
「二階堂、俺からも頼む。連絡しとかないと体裁がな?」
後から判明して、ごたごたになるのは避けたい。
悩む仕草を見せて、最後に渋々と納得していた。
こうして急遽、お泊り会が始まったのだ。




