嫌だから。
不幸中の幸いは、それに夢中で周りが見えてないことだ。
既に校内に入り、一部の生徒からひそひそと何か言われてる。
それもここまで。教室前に辿り着いて、新波さんが黙る。
緊張や不安で手を震わせている。
「あ!」
気にせずに扉を開けた。
思わず上げた声に、教室中の視線が集まる。
新波さんが息を呑み、後ずさろうとして。
「――綾那さん! かっこよかったよ!」
「ふぇ?」
予想だにしないセリフに硬直する。
ぞろぞろとクラスメイトたちが新波さんを囲む。
「いじめに負けずあんな風に立ち向かっちゃうなんて!」
「そうそう! うちだったら絶対にできないから!」
「え? え?」
褒める褒める。歯が浮くくらいに褒められてる。
それこそ、目でヘルプを訴えるぐらい。
しかし、それは俺も同じだ。
「三上! お前は地味な奴だと思ってたけど、やる時はやるんだな!」
「ああ、うん。どうも?」
この様に、俺も捕まっている。
お互いにしばらく持て囃されていた。
「おはようせーじん!」
先に来ていたらしい心美が跳ねてくる。
「……おはよう」
「あらまげんなり」
「……どうなってるんだ、これ?」
「うーんとね? みんなに昨日のこと聞かれてね? 全部話ちった!」
「お、ま、え、の、せ、い、か」
「許してよぉ。ボクだって被害者なんだよ?」
それはそうだが、今のお前の顔は無性に腹立つ。
後で新波さんと一緒に責めよう、そうしよう。
その新波さんは、未だ渦中である
「かっこよかったよ! 性癖暴露はちょっとドン引きだったけど!」
「あれはすごかった! 色んな意味で!」
「それは掘り返さないでくださいよぉ……」
「あやなっちすごい人気だね」
「普通に可愛いからな」
大人しく、人前に出ないタイプだったが、密かに人気があったらしい。
そこに注目を集めるイベントが挟まれば、といった感じだ。
「せーじんも頑張ったのにね?」
「喧しい」
おでこを小突く。
結果としては予想外ではあった。
これも一過性のものだとして、新波さんには頑張ってもらおう。
「――なぁ、犯人探さね?」
誰かの不意の一言が、空気を一変させた。
「オレ、こんなことした奴が許せねぇよ!」
「だよねー、うちたちで探っそか?」
「あ、あの……」
これを善意と呼ぶには、些か醜すぎる。
口では新波さんのためを謳うが、真意はそうじゃない。
祭りだ。全員で犯人を晒し上げる、祭りのための口実でしかない。
「……せーじん、これヤバいよね」
「ああ、よくない流れだ」
ただ、今の盛り上がりにガソリンを注いだ形だ。
異常なほどよく燃え上がって、手が付けられそうにない。
「――やめてください!」
少女の悲鳴が水を差す。
「そういうのは、良くないと思います」
毅然とした態度。
普段の頼りない彼女の姿はそこにはない。
「けど、綾那さんにあんな酷いことしたんだよ?」
「それはそうです、確かに腹は立ちます」
「なら――」
「けど、三上君たちのおかげで満足してるんです」
ニコッと笑みを浮かべる。
本当に後腐れがないといったように。
「だから、そんなことはやめてください」
「……ごめん」
当事者が拒絶した以上、その行動に正当性はなくなった。
囲っていた連中は、ばつが悪そうに席に戻っていく。
「あやなっちは優しいね」
「ああ。一皮剥けた感じだな」
「だね。ボクだったら犯人に――ふざけてんじゃねぇぞクソアマが」
低くドスの効いた声が漏れる。
「って、言うけどね!」
そう軽口を叩いて、新波さんの元に跳ねていく。
後をついていく。詰まった息を吐き出して。
「はー……」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよぉ……」
さっきまでのカッコイイ新波さんはどこにもいない。
涙目でこちらを見つめてくる。
「……良かったの?」
「良いんです。だって――」
眉を曲げながら、疲れた様子で笑う。
「もしその人たちが学校に来れなくなったら、嫌じゃないですか」
「だってよ?」
「ぐぬぬ!」
新波さんはよくわかっていない様子だが。
――三人で吹き出してしまった。




