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金縛り。

……体が言うことを聞かない。

 真っ暗闇の中、まるで地面に縫い付けられたように俺の体はビクともしない。

 慣れた息苦しい圧迫感に、心の中でため息を吐く。

 意識は起きてるのに、体はまだ夢の中。いわゆる金縛りというやつだ。

 この時、気を付けることは何も考えないこと。

 一度、幽霊でも夢想すれば形となって現れる。

 初めての時はギロチンを想像して……いや、今は止めよう。

 じっと、体が動くのを待つ。それしかやることがない。

 どうせならスケベな夢でも見たいが、息苦しさがそれを許さない。

 徐々に手足の感覚がハッキリしてくる。

「                    」

 同時に妙な音が耳に流れ込んでくる。

 回復してきた聴覚が、それを冷たい声だと認識する。

 え? マジ? マジモン様御光臨? どうしよう、目開けたくない。

 しかし今日は平日、学校に行かなくてはならない。

「――――ッ」

 均整の取れた綺麗な顔、色白の肌。

 垂れる長い髪はカーテンのように、俺から太陽の光を奪う。

「――何で起きないんですかだいたい部屋に通すお父さんもよくな……あ起きました」

「うん、心臓止まるかと思った」

 むくりと体を起こし、自分の部屋であることを確認する。

「大丈夫ですか? うなされてましたよ?」

「気にしなくていい。それより、何でいんの?」

「いえ、本当は家の前で待っているつもりだったんですが……」

「いや、そうじゃなく……いいや、悪いけど下に行っててくれ」

「二度寝は駄目ですよ? ……は⁉」

 急に顔を赤くする。

「……言っとくが、ただ着替えるだけだからな?」

「そ、そうですよね! 大人しく下に行きますはい……」

 わかってくれてるのか。

 本当にただ着替えて一階に降りる。

「親父、女の子を部屋に通すか普通?」

「何⁉ 成人君はこんな可愛い子を外で待たせるのか⁉」 

 あー、面倒くさい。朝からこのテンションだ。

 新波さんもちょこんと座り、苦笑いを浮かべている。

「それで、新波さんはどうしてここに?」

「それは、ですね」

「新波君はわざわざ、ケーキを届けてくれたぞ!」

 机を見ると、確かに昨日の店の箱が置いてある。

「迷惑をかけたお詫びだそうだ! 良い子だなぁ!」

「迷惑?」

「家のこととか、忙しい中で私の家に来てくれてたみたいですから……」

 だから俺と親父にお礼を、ってことか。

「別に気にしなくていいんだぞ?」

「そういう訳にはいかないですよ」

「うおぉー! 努君!」

 感極まったのか、棚の上の写真に向かって叫ぶ。

 生まれたてで、まだ瞼も開いてない赤子の写真。

「遂に我が子の春が来たー!」

「……ここじゃ話もできないな」

 不思議そうな顔の新波さんを押して、玄関に向かう。

「――成人君」

 打って変わって真面目な顔をする。

「休憩代いるか?」

「休憩代⁉」

「やめてくれ親父、この子は頭がお盛んなんだ」

……努君も、変な勘違いしないでくれ。

 写真に向かって注意し、今度こそ家を出た。

「悪いな、朝から騒がしくて」

「いえ、それよりも……」

「ああ、俺の死んだ兄貴」

 何とはなしに答えると、視線を落としてしまう。

「気にしなくていい。生まれてすぐに亡くなったらしいから、面識もないんだ」

「そう、ですか」

 気を遣わせまいとしたが、喉に詰まらせている。

 駄目だな。何を話してもお通夜みたいな雰囲気になる。

「――けど、そばにいる気がするんだ」

「え? それは、守護霊のような?」

「ああ、そんな感じ。生まれた頃から一緒にいてくれてる気がするんだよ」

「……とても、安心する感覚ですね」

 優しい目は、お世辞ではなく本音で言ってくれてる証拠。

「珍しいな。これ言うと大体は苦笑いされるぞ」

「そうなんですか? 私は優しいお兄さんだと思うのですが」

 とぼけたような顔で言い切る。

 それは、自分が褒められるぐらい、嬉しい言葉だった。

「それで、本当の所は?」

「何がですか?」

「俺の家に来た理由」

 ケーキを渡すだけなら、わざわざ俺の家に足を運ぶ必要はない。

 ともすれば、何か別の理由があるはずだ。

 言いにくそうに、口をもごもごさせている。

「本当にあるんだな」

「あ、いや! 感謝してるのは本当ですよ⁉」

 あわあわと訂正する。

 別にそこは疑っていないが。

「ただ、一人で学校行くの怖いのでせめて道連れを、ふふ、ふふふ」

 すごいな、笑顔なのに目が虚ろだ。

 だが、新波さんの不安はもっともだろう。

 俺たちはあの事件の後、教室には顔を出してない。

 先生の説教だったり、色々あって放課後まで職員室に拘束されていた。

 つまり、今日初めて教室に顔を出すのだ。

「あの宣言をしたんだから、怖いモノないだろ」

「ありますよ! 変態として見られるんです! エロゲ―マーって! 凌辱モノ女って!」

 涙目で訴えてくる。

 そのままの勢いで、世の中の不平不満を垂れ流し始める。

 うん。俺は今の新波さんの方がよっぽど怖い。


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