クロスオーバー第4話 ほどけない可愛さ
数日後。
午後の光が、静かに店の中へ差し込んでいた。
エリーは、作業台の前に立っている。
その視線の先には――
あのドレス。
整えられた一着。
だが今は、完成形ではない。
扉が、控えめに叩かれる。
「……失礼いたします」
あの女性だった。
変わらぬ落ち着き。
けれど、前回よりほんの少しだけ、柔らかい空気をまとっている。
「いらっしゃいませ」
エリーはいつも通りに応じる。
「先日は、ありがとうございました」
「こちらこそ」
短いやり取り。
それだけで十分だった。
女性の視線が、自然と作業台へ向く。
そこにあるのは、前回のドレス。
だが――
「……まだ、続けていらっしゃるのですね」
「はい」
エリーは頷く。
「もう少しだけ、良くできそうなので」
女性は、ほんのわずかに目を細める。
その反応は、“理解”だった。
「……よろしければ」
少しだけ間を置く。
「ご一緒しても?」
エリーは一瞬だけ驚き、そして小さく頷く。
「はい」
二人が並ぶ。
作業台の前。
同じ一着を見ている。
「どこが気になりますか」
女性が静かに問う。
エリーは少し考える。
「今でも、十分に可愛いです」
まず、そこを認める。
「ただ」
視線を落とす。
「少しだけ、“意識”が残っています」
「意識……」
「ここです」
エリーは、フリルの一部を指で示す。
「動いたとき、ほんの少しだけ遅れます」
女性は、その部分を見る。
そして、小さく頷く。
「……確かに」
「可愛いんです」
エリーは続ける。
「でも、そこだけ“作っている”感じが残る」
女性は静かに息を吐く。
「揃えすぎている、のかもしれません」
エリーは、わずかに驚く。
「揃えすぎ……」
「ええ」
女性はフリルを見つめながら言う。
「均一にすることで、形は整います」
「ですが」
少しだけ、言葉を区切る。
「可愛さは、少しだけ“崩れ”があった方が出ることもあります」
沈黙。
だがそれは、納得の時間だった。
「……なるほど」
エリーは小さく頷く。
「じゃあ、少しだけ外しますか」
「はい」
女性も頷く。
針を手に取る。
今度は、二人で。
エリーがほどき、女性が整える。
女性が配置し、エリーが縫い留める。
言葉は少ない。
だが、ずれない。
「ここ、少しだけ軽く」
「はい」
「ここは、残しましょう」
「……ええ、その方が可愛いです」
作業は、静かに進む。
やがて。
二人は同時に手を止めた。
「……どうでしょう」
再び、試着。
女性が袖を通す。
現れた姿。
――可愛い。
それは、はっきりしていた。
だが今度は違う。
“作った可愛さ”ではない。
一歩。
歩く。
スカートが自然に揺れる。
フリルが、遅れず、揃いすぎず、ついてくる。
止まる。
「……」
女性は、何も言わない。
ただ、少しだけ目を閉じる。
そして、開く。
「軽いですね」
小さく呟く。
「何も、していないみたいです」
エリーは微笑む。
「それでいいと思います」
女性は、ゆっくりと頷く。
「……これが」
静かに言う。
「本来の形、なのでしょうね」
エリーは少しだけ首を振る。
「形、というより」
考えてから言う。
「無理がない状態、ですね」
女性は、その言葉を繰り返すように小さく頷く。
「可愛さは」
彼女は静かに言う。
「作るものだと思っていました」
一瞬、言葉を止める。
「でも、違った」
エリーは何も言わない。
「無理がないときに」
女性はドレスに触れる。
「自然に出るものだったのですね」
「はい」
エリーは頷く。
「その方が、長く着られます」
小さな沈黙。
だが、それは穏やかだった。
女性は、ふっと微笑む。
「……名前を、伺っても?」
エリーは少しだけ驚き、そして答える。
「エリーです」
女性は頷く。
そして――
ほんの一瞬だけ、考える。
だが、自分の名は告げない。
「また、来ますね」
それだけを残す。
扉が閉まる。
エリーはしばらく、その場に立っていた。
そして、小さく呟く。
「……やっぱり、同じだ」
作業台の上には、完成したドレス。
それはもう、“誰かのための形”ではない。
“着る人の中で完成するドレス”。
外では、風がやわらかく吹いている。
その流れは、少しずつ広がっていく。
可愛いという感覚を、乗せながら。




