クロスオーバー第5話 そのままで、可愛い
朝の光が、町の通りをやわらかく照らしていた。
石畳の上を、一人の女性が歩いている。
あのドレスをまとって。
過度な装飾はない。
けれど、目を引く。
揺れ方が自然で、
重なりが無理なく、
色も形も、静かに馴染んでいる。
そして何より――
“その人に合っている”。
通りを行き交う人々が、ふと視線を向ける。
一瞬の違和感。
だがすぐに、それは別のものへと変わる。
「……可愛い」
誰かが、ぽつりと呟く。
それは評価ではなく、ただの感想。
見たままの言葉だった。
女性は足を止めない。
ただ、自然に歩く。
特別なことは何もしていない。
けれどその姿は、どこか印象に残る。
少し離れた場所。
通りの端で、その様子を見ている二人の姿があった。
ひとりは、静かな店の縫い子。
もうひとりは、名を明かさない貴族の女性。
「……広がりそうですね」
エリーが小さく言う。
女性は、ゆっくりと頷く。
「はい」
その視線は、歩いていく背中に向けられている。
「最初は、“違う”と思われるでしょう」
静かな声。
「ですが」
ほんの少しだけ、やわらぐ。
「違うままでいられるなら」
言葉はそこで止まる。
だが、続きは必要なかった。
エリーは小さく息を吐く。
「無理がなければ、残ります」
女性が、わずかに目を細める。
「ええ」
しばらく、二人は何も言わない。
ただ、同じ方向を見ている。
通りの中で、またひとり。
別の女性が、あのドレスに似た装いをしているのが見える。
まだ少しぎこちない。
けれど、真似しようとしているのは明らかだった。
「……もう、始まっていますね」
エリーが言う。
女性は、静かに頷く。
「装いは」
女性がゆっくりと口を開く。
「誰かに決められるものではありません」
風が、やわらかく通り抜ける。
「可愛いも——」
ほんの少しだけ、間を置く。
「その人が選んでいいものです」
エリーは、その言葉を聞きながら、小さく笑う。
「はい」
「その代わり」
エリーは続ける。
「楽であることは、大事です」
女性が、少しだけ驚いたように視線を向ける。
「無理をすると、続かないので」
一瞬の沈黙。
そして――
女性は、やわらかく微笑んだ。
「……確かに」
二人の間に、言葉のいらない理解がある。
「エリー」
女性が、静かに名を呼ぶ。
「はい」
ほんの一瞬だけ、迷う。
だが――
「私の名前は」
そこで、やめる。
代わりに、こう言った。
「また、来ます」
エリーは、少しだけ目を細める。
「はい。いつでも」
それで十分だった。
女性は、静かに歩き出す。
その背中は、最初に会ったときと同じようでいて――
どこか、少しだけ軽く見えた。
通りの中へ。
人の流れの中へ。
“可愛い”という形を、自然に溶け込ませながら。
エリーは、その姿を見送る。
そして、小さく呟いた。
「……いいな、それ」
作業台へ戻る。
針を手に取る。
いつもと同じ動き。
ただ少しだけ、違う。
「そのままで、可愛いか」
小さく繰り返す。
店の外では、風が流れている。
誰かの服を揺らし、
誰かの選択を、そっと後押しするように。
変わったのは、ほんの少し。
けれどその少しは、確かに広がっていく。
無理をしないまま。
その人のままで。
可愛いは――
誰のものでもなく、
誰の中にもあるものとして。
一旦これで完結です。
これまでお付き合いいただきありがとうございました。
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