クロスオーバー第3話 同じものを見ている
数日後。
静かな午後。
エリーはいつも通り、作業台で針を動かしていた。
そのとき――
「……こちらで、合っていますか」
扉の向こうから、落ち着いた声。
「はい、どうぞ」
入ってきたのは、ひとりの女性。
控えめな装い。
だが、その立ち方に無駄がない。
力まず、自然で、それでいて崩れない。
(この人)
エリーは静かに思う。
(“装い”を知ってる)
女性の視線が店内を巡る。
布。
道具。
仕立てかけの衣。
そして――
作業台の上のドレスで、止まった。
「……」
ほんのわずかに、呼吸が変わる。
気づいた。
「そちらのドレスは」
静かに問う。
「こちらで、お直しされたものですか」
「はい。少しだけ」
女性は近づく。
触れない。
ただ見る。
それだけで、読み取っている。
レース。
フリル。
リボンの位置。
(やっぱり)
エリーの中で確信が強まる。
(この人だ)
「……少し、よろしいでしょうか」
「はい」
「着てみても?」
試着。
布の音。
そして――
現れた瞬間。
空気が、わずかに変わる。
同じドレス。
だが――
“可愛さの出方”が違う。
女性は静かに立っている。
その姿には、無理がない。
けれど――
「……」
ほんの少しだけ、首を傾げる。
内側で確かめている。
一歩、歩く。
スカートが揺れる。
フリルが、やわらかく追いかける。
止まる。
「……なるほど」
小さく呟く。
「どうでしょうか」
エリーが静かに問う。
女性は、少し考えてから言う。
「……軽いですね」
視線を落とす。
「可愛さが、無理なく出ています」
エリーは小さく頷く。
「元の形は、そのままに」
女性が続ける。
「内側だけ、変えている」
「はい」
「……少し、教えていただけますか」
エリーは答える。
「体が先に動けるようにしました」
「体が、先」
「このドレスは、とても可愛いです」
はっきりと言う。
「ただ、少しだけ」
言葉を選ぶ。
「可愛く“見せよう”としていました」
沈黙。
だが、それは深く落ちる。
「……そう、ですね」
女性はゆっくり頷く。
「私は」
少しだけ息を吐く。
「可愛さを、形で整えようとしていました」
エリーは何も言わない。
ただ、聞いている。
女性はもう一度、歩く。
今度は、より自然に。
フリルが遅れずについてくる。
「でも」
小さく言う。
「これは、違う」
視線を上げる。
「可愛さが、先に来ている」
エリーは、少しだけ首を傾げる。
「着る人が無理をしないとき」
静かに言う。
「その人らしさが、そのまま出ます」
女性は、その言葉を受け止める。
そして――
「……逆では、なかったのですね」
「逆、ですか」
「ええ」
「可愛くするために整えるのではなく」
一瞬、言葉を探す。
「自然であることが、結果として可愛くなる」
エリーは、短く答える。
「そうですね」
その一言で、十分だった。
二人の間に、静かな理解が生まれる。
言葉にしなくても、同じ場所を見ているとわかる。
女性は軽く一礼する。
「ありがとうございました」
エリーも頭を下げる。
扉へ向かい、女性は一度だけ振り返る。
「……また、伺ってもよろしいでしょうか」
「はい。いつでも」
扉が閉まる。
静けさが戻る。
エリーは小さく息を吐く。
(やっぱり)
視線を落とす。
(同じこと、考えてる)
針を手に取る。
「……面白くなってきたな」
外では、風がやわらかく流れている。
可愛いという形が、少しずつ広がっていく。
無理をしないまま。
自然なまま。




