クロスオーバー第1話 持ち込まれた装い
前作の「静かに暮らしたい縫い子は、着心地だけで世界を変える」とのクロスオーバーの作品です。
本作の2章から3章の間の話のイメージです。
町外れの通りに、その仕立て屋はあった。
華やかさとは無縁の、静かな店。
看板も小さく、知らなければ通り過ぎてしまうような場所。
だが――
「ここで、合っていますか」
そう言って扉を開ける者は、途切れない。
「いらっしゃいませ」
エリーは顔を上げ、いつも通りに微笑む。
店内には布と糸の匂い。
整然と並んだ道具。
無駄のない、静かな空間。
その日訪れた客は、少しだけ場違いだった。
仕立ての良い外套。
丁寧な所作。
明らかに、上流の空気をまとっている。
「……ご相談、よろしいでしょうか」
手にしているのは、大切そうに包まれた布。
エリーは小さく頷いた。
「はい。どうぞ」
布が、そっと広げられる。
その瞬間――
「……あ」
ほんのわずかに、声が漏れた。
エリーはすぐに口を閉じる。
客は気づかなかったようだが、
その一瞬で、彼女の中では何かが繋がっていた。
(これ……)
視線が、布の重なりをなぞる。
控えめなフリル。
計算された配置。
柔らかさと構造の両立。
(似てる)
記憶の奥にあるもの。
レース。
リボン。
幾重にも重なる装飾。
かつて“可愛い”と呼ばれていた形。
(ロリータ……?)
懐かしい言葉が、静かに浮かぶ。
だが、目の前のそれは違っていた。
甘さは抑えられている。
色も落ち着いている。
シルエットは、より直線的。
(そのままじゃない)
(“変えられてる”)
誰かが、この形をこの世界に合わせて――
意図的に再構築している。
「これは……」
エリーはゆっくりと言葉を選ぶ。
「新しいお仕立て、ですね」
客はほっとしたように息を吐く。
「やはり、そう見えますか」
「実は、王都で作られたものなのですが」
王都。
その言葉に、エリーの中の仮説が少しだけ現実味を帯びる。
「試みとして仕立てられたそうで……」
(やっぱり)
エリーは内心で小さく頷く。
(あの形を、ここまで落とし込むなんて……)
ただの流行ではない。
理解している人間がいる。
“可愛い”を、構造として。
(誰だろう)
一瞬だけ、そんな考えがよぎる。
だがすぐに、目の前へ意識を戻す。
「着てみたところ、少しだけ……」
客が言い淀む。
「落ち着かなくて」
エリーは小さく頷く。
「よろしければ、拝見しても?」
「はい」
試着。
そして、現れた姿。
――綺麗だ。
その印象は変わらない。
けれど。
(惜しい)
エリーの中で、はっきりとした感覚が生まれる。
(形はできてるのに)
(“体に来てない”)
「……少しだけ」
エリーは一歩近づく。
「頑張って着ている感じがしますね」
客が目を上げる。
「……やはり」
エリーは頷く。
「とても綺麗です」
一度、しっかり肯定する。
「ですが」
視線をやわらかく向ける。
「少しだけ、服のほうが先に来ています」
「……服が、先」
客が繰り返す。
「はい」
エリーは静かに答える。
「本来は、体が先で、服が後なんです」
一瞬、沈黙。
だがその言葉は、確かに届いていた。
(惜しいな)
エリーはもう一度服を見る。
(ここまで出来てるのに)
ほんの少しの差。
それだけで、“着られる服”と“着る服”に分かれる。
「……直せるでしょうか」
客の声。
エリーは、少しだけ微笑む。
「大きく変える必要はありません」
「とても良くできていますから」
そして――
「少しだけ、楽にしてあげましょうか」
「楽に……?」
「はい」
エリーは頷く。
「着ていることを、忘れるくらいに」
客はゆっくりと息を吐く。
「……お願いします」
服が再び作業台へ戻る。
エリーはそれを見つめる。
ロリータの記憶。
この世界の形。
誰かの試み。
それらが、ひとつに重なる。
(面白いな)
ほんの少しだけ、口元が緩む。
(ここまで来てるなら)
針を手に取る。
(もう少しで、届く)
静かな店の中で。
“可愛い”と“着心地”が、
初めて同じ場所で交わろうとしていた。




