後日談⑤ 装いの自由
数日後。
侯爵家の庭には、穏やかな午後の光が広がっていた。
風はやわらかく、花々は静かに揺れている。
その中を、ひとりの男性が歩いていた。
あの装いを身にまとって。
過度な華やかさはない。
だが、目を引く。
整った線。
静かな揺らぎ。
抑えられた装飾。
それらが、歩みに合わせて自然に馴染んでいる。
庭にいた数人の使用人たちが、その姿に気づく。
一瞬、視線が集まり――
そして、逸らされない。
「……」
違和感はある。
だが、それだけではない。
「……綺麗」
誰かが、小さく呟いた。
その言葉は、否定でも驚きでもなく、
ただ見たままの感想だった。
少し離れた場所。
東屋の影から、フェリシアとクラリスがその様子を見ていた。
「……受け入れられていますね」
クラリスが静かに言う。
まだ完全ではない。
だが、拒絶はされていない。
それだけでも、大きな変化だった。
フェリシアは、視線を男性へ向けたまま、小さく頷く。
「最初から理解されるものではありません」
穏やかな声。
「ですが、“違う”という理由だけで退けられなければ――」
そこで言葉を区切る。
「それは、いずれ“選択肢”になります」
クラリスは、その言葉を静かに受け止める。
「装いとは、不思議なものです」
フェリシアは続ける。
「形でありながら、意味を持つ」
「意味を持ちながら、人を変える」
その視線は、遠くではなく、確かに“今”を見ている。
「そして――」
ほんのわずかに、微笑む。
「可愛いも、美しいも——」
風が、花びらを揺らす。
「誰が選んでも良いものです」
その言葉は、強くはない。
だが、揺るがない。
押し付けるでもなく、否定するでもなく、
ただ“在り方”として、そこに置かれる。
庭の中で、男性は足を止める。
ふと、空を見上げる。
最初に訪れたときの、不安そうな表情はもうない。
代わりにあるのは、静かな確信。
選んだという実感。
遠くで、それを見ていた若い使用人が、ぽつりと言う。
「……ああいうのも、ありなんだな」
その言葉に、隣の者が小さく頷く。
「かもしれないな」
それだけのやり取り。
だが、それは確かな“広がり”だった。
クラリスが、静かに息を吐く。
「……枠は、変わるものなのですね」
フェリシアは少しだけ考え、そして首を横に振る。
「変わる、というより――」
視線を庭へ戻す。
「広がる、のだと思います」
花々は、それぞれ違う形で咲いている。
同じ色も、同じ形もない。
それでも、そのどれもが自然にそこに在る。
「すべてが同じである必要はありません」
フェリシアの声は、やわらかい。
「ただ、選べることが大切なのです」
風が、静かに通り抜ける。
小さな変化。
小さな一歩。
けれどそれは確かに――
誰かの選択を、ひとつ増やした。
その日、王都のどこかで。
まだ見ぬ誰かが、ふと考えるかもしれない。
“自分なら、どう装うだろう”と。




