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私が着られなかったロリータ服を、異世界で広めます。  ―転生令嬢のドレス革命―  作者: 烏斗
後日談

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後日談① 奇妙な依頼

王都の一角。

石畳に面した静かな通りに、その仕立て屋はあった。


扉の上には、小さな看板。

控えめながらも上品な字体で記された店名は、今や貴族たちの間で知らぬ者はいない。


フェリシアの手がけたドレス。

それは社交界に、確かな変化をもたらしていた。


重ねるだけの華やかさではない。

着る者の心を引き出す装い。


“可愛い”という言葉が、ただの装飾ではなく、ひとつの価値として認められ始めていた。


――だが。


その日、店に訪れた客は、これまでとは少し違っていた。


「……あの、こちらで間違いないでしょうか」


扉を開けたのは、若い男性だった。


年の頃は二十代前半ほど。

仕立ての良い上着を着ているが、貴族特有の華やかさはない。

どこか、外の世界の空気をまとっているような人物だった。


店内にいた職人のひとりが顔を上げる。


「はい、こちらでございますが……ご注文でしょうか?」


男性は少しだけ言葉を選ぶように間を置き、やがて口を開いた。


「その……こちらで作られているドレスについて、お聞きしたくて」


その一言に、店内の空気がわずかに変わる。


ドレス。

それはこの店の誇りであり、同時に社交界の象徴でもある。


「どのようなご用件でしょう」


職人は丁寧に応じる。

だがその内心には、ほんのわずかな違和感があった。


男性は、少しだけ視線を落とし――そして、はっきりと告げた。


「男性用で、あのドレスのようなものを作っていただけませんか」


一瞬。


針を動かしていた別の職人の手が止まった。


布を裁っていた者も、思わず顔を上げる。


静寂。


それは、驚きというよりも――理解が追いつかない沈黙だった。


「……申し訳ありません、もう一度よろしいでしょうか」


最初に応対していた職人が、慎重に言葉を選ぶ。


男性は、少しだけ緊張したように息を整えた。


「女性のドレスのような、装いを。

 ただし、男性として着るための形で」


「……」


職人は言葉を失う。


それは単なる注文ではなかった。

これまでの常識に対する問いそのものだったからだ。


「理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」


ようやく出た言葉は、静かだった。


男性は小さく頷く。


「私は絵を描いています」


芸術家。

その一言で、少しだけ空気が緩む。


「人物を描く中で……ふと思ったのです。

 なぜ“美しい装い”は女性にしか許されていないのか、と」


彼の視線は、店内に飾られたドレスへと向けられる。


幾重にも重なる布。

柔らかな曲線。

光を受けて揺れるレース。


それらは確かに、“美しい”。


「これほどまでに完成された形があるのに、

 それを選べる人が限られているのは……少し、不思議で」


その言葉は、静かだったが、まっすぐだった。


職人たちは顔を見合わせる。


誰も笑わなかった。

だが、誰もすぐに肯定もできなかった。


「……前例が、ございません」


それは正直な言葉だった。


「形として成立するかどうかも……」


「承知しています」


男性は遮らずに頷く。


「だからこそ、お願いしたいのです。

 ここならば、形にできるかもしれないと」


その言葉に、職人の胸がわずかに揺れる。


この店は、“新しい可愛い”を生み出してきた場所だ。

既存の枠に収まらない装いを、形にしてきた。


――だが。


「……少々、お時間をいただけますでしょうか」


職人は深く頭を下げた。


「すぐにお返事はできません。

 ですが、この件は……お預かりいたします」


男性はほっとしたように、わずかに微笑む。


「ありがとうございます」


扉が閉まる。


再び静けさが戻るが、それは先ほどとは違う種類のものだった。


ひとりの職人がぽつりと呟く。


「……どうする」


「どうするも何も……」


別の者が言葉を濁す。


「これは……我々だけで決めて良い話ではないでしょう」


自然と、その名が浮かぶ。


この店の中心。

この変化の始まり。


「フェリシア様に、ご相談を」


誰かがそう言い、全員が静かに頷いた。


窓の外では、春の風が柔らかく吹いている。


社交界の中で始まった“変化”は、

いつの間にか、その外側へと波紋を広げていた。


それはまだ、小さな揺らぎ。


だが確かに――


これまで触れられることのなかった“境界”に、

静かに手がかけられた瞬間だった。

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