第52話 令嬢たちの好み
午後の社交サロン。
大きな窓から差し込む光が、白いテーブルクロスの上にやわらかな影を落としていた。
焼き菓子と紅茶の香りに包まれながら、令嬢たちは穏やかに席を囲んでいる。
一人が、ふと思い出したように口を開いた。
「最近、王都のドレスは本当に種類が増えましたわね」
その言葉に、自然と頷きが重なる。
「ええ」
「舞踏会に行くたびに、違う装いを見かけます」
別の令嬢が、少し身を乗り出した。
「この前の夜会では、黒いドレスの方がいらっしゃいました」
「ヴィオレッタ様の装いですね」
「とても印象的でしたわ」
その言葉に、隣の令嬢が小さく笑う。
「でも、ああいう雰囲気は少し勇気がいりますね」
自分のドレスの裾をそっと整えながら続ける。
「私は、もう少し落ち着いた装いの方が安心します」
深い色合い。
整えられたシルエット。
穏やかな美しさ。
それを聞いて、向かいの令嬢が楽しそうに言った。
「私は可愛らしい装いが好きです」
桃色のスカートに軽く触れる。
「フリルが揺れるのを見ると、気持ちが明るくなりますもの」
その様子に、場の空気が少し和らぐ。
すると、さらに別の令嬢が静かに口を開いた。
「私は――あの華やかな装いに憧れます」
「華やかな装い?」
「ええ。ミレーユ様のような」
すぐに、何人かが思い当たるように頷いた。
「お姫様のようなドレスですね」
「本当に素敵でしたわ」
言葉にすると、少し気恥ずかしいのか、令嬢は控えめに微笑む。
「特別な時に、一度は着てみたいと思ってしまいます」
その素直な言葉に、誰もが柔らかく笑った。
やがて、一人が興味深そうに問いかける。
「皆様は、どの装いがお好きですか?」
その問いに、間を置かず答えが返る。
「私は落ち着いた装い」
「私は可愛らしいものが好きです」
「黒の装いも、とても魅力的ですわ」
「私はやはり、あの華やかな装いに惹かれます」
それぞれ違う答え。
けれど――否定する声はひとつもない。
「本当に、好みが分かれますわね」
「ええ。でも、それが楽しいのです」
一人が紅茶を口に運びながら、静かに言う。
「以前は、ここまで自由ではありませんでしたもの」
「本当ですわね」
「今は選ぶ楽しさがあります」
自分に似合うもの。
自分が好きなもの。
それを自然に選べる空気。
それが、この場にはあった。
ふと、一人の令嬢が顔を上げる。
「それでしたら――」
視線が集まる。
少しだけ楽しげに、続けた。
「皆で集まりませんか?」
「集まる、とは?」
「ええ。それぞれの好きな装いで」
穏やかに言葉を重ねていく。
「落ち着いた装いも」
「可愛らしい装いも」
「黒の装いも」
「華やかな装いも」
そして、にっこりと微笑む。
「きっと、とても楽しい会になりますわ」
一瞬の沈黙のあと――
空気がふっとほどける。
「素敵ですわ!」
「ぜひ参加したいです」
「とても華やかになりそうですね」
楽しげな声が、静かなサロンに広がっていく。
違うからこそ、面白い。
違うからこそ、並べてみたくなる。
そんな空気が、自然と生まれていた。
こうして――
王都で初めての、
それぞれの“好き”を持ち寄る
小さな集まりが、開かれることになった。




