第46話 特別を纏う夜
その夜。
王都の広間は、いつもより人が多い。
灯りが反射し、ドレスの色が混ざる。
フリルの揺れと笑い声が重なり、空気が少しだけ浮いている。
「最近、本当に増えましたわね」
「フェリシア様のドレスでしょう? 軽くて動きやすいですもの」
「可愛いですし」
会話は軽い。
流行は、もう説明なしで通じる段階に入っていた。
そのとき——
入口が開く。
一人が言葉を止めた。
「……あら」
視線が集まる。
入ってきたのは、ミレーユ。
だが——
いつもと違う。
広がるスカートが、歩くたびにゆるやかな波を描く。
重なったフリルが灯りを拾い、やわらかく返す。
飾りは多い。
それでも、重たく見えない。
「……何あれ」
思わず漏れた声。
すぐに、別の声が重なる。
「綺麗……でも……」
言葉が続かない。
「お姫様みたい」
その一言で、場の認識が揃う。
ざわめきが広がる。
「初めて見ますわ」
「フェリシア様の新作かしら」
「でも、あそこまで大きいと……動きにくくありません?」
評価が割れる。
称賛だけでは終わらない。
ミレーユは足を止めない。
視線を受け流し、そのまま中央へ進む。
スカートが広がる。
距離を取らせるはずの形なのに——
目が離れない。
一人の令嬢が近づいた。
「ミレーユ様」
「そのドレス、とても印象的です」
「ありがとうございます」
即答だった。
迷いがない。
「どちらで?」
「フェリシア様にお願いしました」
間を置かない返答。
周囲が小さく息をのむ。
「やはり……」
「でも、少し違いますわね」
「ええ。可愛いというより——」
言葉を探す。
ミレーユが拾った。
「憧れ、でしょうか」
視線が集まる。
否定する者はいない。
だが、納得しきれない者もいる。
一人が言う。
「素敵ですけれど……少し目立ちすぎる気もします」
空気がわずかに張る。
ミレーユは笑う。
「目立つためのドレスですから」
軽く、言い切る。
「主役になる場では、遠慮は不要でしょう?」
返答に詰まる。
反論は出ない。
別の令嬢が小さく言う。
「……でも、着てみたいです」
「ええ」
「一度くらいは」
本音が混ざる。
羨望とためらい。
その両方が広がっていく。
ミレーユは周囲を見渡す。
「無理に選ぶ必要はありません」
声は落ち着いている。
「可愛い装いも、美しい装いもある」
一歩、踏み出す。
スカートが静かに揺れる。
「ですが——」
視線が止まる。
「“特別になりたい日”には、こういう選択もある」
沈黙。
短いが、強い。
誰もすぐには返さない。
だが——
視線だけは動かない。
ドレスへ、集中している。
その中心で、ミレーユは微笑む。
広間の空気が、少し変わる。
流行ではない。
選択肢が増えた。
それを、誰もが理解し始めていた。
新しい装いは、まだ名を持たない。
だが確実に——
“特別”として記憶され始めていた。




