第45話 『姫ロリータ』完成
数日後。
作業室には、一着のドレスが掛けられていた。
大きく広がるスカート。
重なり合うフリル。
縁をなぞる繊細なレース。
試作から手を入れたその一着は、輪郭まで整えられている。
フェリシアは全体を見渡し、小さく頷いた。
「これで完成です」
クラリスは言葉を忘れる。
試作の時点でも十分だった。
だが今は違う。
整えられたフリルが流れを作り、レースが光を拾う。
一つひとつの要素が、きちんと意味を持って並んでいる。
「……お姫様のドレスです」
自然と口から出ていた。
フェリシアは小さく笑う。
「もう一つ、仕上げがあります」
取り出したのは、小さな箱。
中に収められていたのは、繊細な細工のティアラだった。
控えめな輝きが、光を受けてきらりと返る。
「少しだけ、気品を足します」
クラリスは息をのむ。
装飾を増やしたはずなのに、くどくならない。
むしろ、完成に近づいていく。
そのとき、扉が開いた。
「フェリシア様」
ミレーユが入ってくる。
視線はすぐにドレスへ向いた。
足を止める。
一歩、近づく。
「……これは」
短い言葉のまま、周囲をゆっくりと回る。
指先が触れそうになり、止まる。
ただ、目で確かめる。
「とても、よくできています」
抑えた声だった。
だが評価は明確だった。
フェリシアは頷く。
「試していただけますか」
ミレーユは迷わず応じた。
やがて——
着替えを終え、姿を現す。
その瞬間。
クラリスは息を呑む。
視線を奪われるのに、不思議とやわらかい。
コルセットのラインが姿勢を整え、上半身に気品を与える。
対してスカートは大きく広がり、動きに合わせて波のように揺れた。
重なったフリルが光を拾い、やわらかなきらめきを返す。
ミレーユが一歩、踏み出す。
それだけで空気が変わる。
気品はそのままに、どこか近づきたくなる。
クラリスは思わず声を漏らした。
「……まるで本物のお姫様です」
一歩、近づいてしまう。
距離を取るはずの相手に、自然と引き寄せられる。
ミレーユはわずかに驚き、そして小さく笑った。
「そこまで言われると、少し照れますね」
フェリシアは箱を差し出す。
「こちらも」
ミレーユがティアラを手に取る。
鏡の前で、そっと髪に乗せた。
その瞬間。
印象が完成する。
華やかさが輪郭を持ち、“物語の中の存在”として立ち上がった。
クラリスは言葉を失う。
ただ、見てしまう。
ミレーユは鏡越しにフェリシアを見る。
「視線を集めるだけではありませんね」
一度、視線を落とす。
そして、わずかに微笑む。
「見た人が、少しだけ夢を見る」
静かな断言だった。
フェリシアもドレスを見つめる。
その形は、これまでと違う。
可愛いでも、美しいでもない。
——憧れになるための装い。
「気に入っていただけましたか?」
ミレーユははっきりと頷く。
「ええ。十分すぎるほどに」
その一着は、まだ名を持たない。
だが確実に、新しい価値を示していた。




