第38話 似て非なるもの
王都では、黒いドレスの話が消えなくなっていた。
「綺麗だった」
その一言だけが、妙に残る。
だが――
「少し重く見えません?」
「似合う方が限られそうですわ」
評価は揃わない。
ある屋敷のサロン。
「見ましたの。黒いドレス」
「ええ。落ち着いていて……」
「でも、少し近づきにくかったですわ」
カップが静かに置かれる。
「可愛いとは違いますものね」
「ええ……でも、目が離せませんでした」
憧れと戸惑い。
両方が混じる。
「私も一度、着てみたいですわ」
誰かがそう言うと、何人かが頷いた。
――試してみたい。
その気持ちは同じだった。
数日後。
街の中にも、黒いドレスが現れ始める。
広がるスカート。
揺れるフリル。
だが――
「……少し違うわね」
鏡の前で、令嬢が首を傾げる。
「重たいだけに見えるかも」
別の場所。
「可愛いけれど……黒じゃなくてもいい気がします」
また別の声。
「綺麗ですけど、あの時の印象とは違いますわ」
似ているのに、同じにならない。
形は近い。
色も同じ。
それでも、どこかがずれている。
理由は分からない。
だが、誰もが感じていた。
「あのドレスは、少し特別だった」と。
侯爵邸の庭。
ヴィオレッタが歩いている。
黒いドレス。
白いレース。
花の色の中で、その姿だけが沈むように際立つ。
侍女が声をかけた。
「黒いドレス、増えているそうです」
「そう」
短い返事。
「ですが……同じには見えない、と」
ヴィオレッタは足を止めた。
「当然ね」
迷いのない声。
「色だけでは変わらないわ」
裾を整える。
「印象は、もっと別のところで決まるもの」
侍女が小さく息を呑む。
「では……難しいのですね」
「ええ」
否定しない。
「でも、それでいいのよ」
再び歩き出す。
「簡単に真似できるなら、つまらないでしょう?」
風が抜ける。
黒が揺れ、白だけが残る。
ヴィオレッタは小さく言った。
「可愛いは、広がるもの」
一拍。
「けれど――」
視線を上げる。
「美しさは、残るものよ」
庭に静けさが落ちる。
王都では今、黒いドレスが増えている。
似ているもの。
少し違うもの。
まったく別のもの。
そのすべてが混ざり合っている。
それでも、人々は目を向ける。
あの一着を、思い出しながら。
黒いドレスは広がっている。
だが――
同じには、まだ届かない。




