第35話 『ゴシックロリータ誕生』
数日後。
仕立て屋街の奥、小さな店。
黒いドレスが、作業台の上に置かれていた。
長いスカート。
足首まで落ちる丈。
裾には細く揃えた黒のフリル。
袖口だけが白い。
重ねたレースが、輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。
胸元から裾へ、視線がまっすぐ落ちる。
飾りは少ない。だが線が崩れない。
その隣に、白いヘッドドレス。
横長に広げたレースに、小さな黒いリボンが一つ。
職人が手を止める。
「……できました」
ヴィオレッタが前に出る。
「ありがとう」
奥の部屋へ。
鏡の前。
黒をまとった瞬間、印象が変わる。
広がるのに、軽くない。
下へ引かれる形。
歩く。
裾が遅れてついてくる。
袖が揺れ、白だけが一瞬浮く。
侍女がヘッドドレスを乗せた。
白が加わる。
それだけで、視線の位置が上がる。
鏡の中。
黒。
白。
そして、まっすぐな線。
可愛い型のはずなのに、甘さが前に出ない。
代わりに残るのは――重さ。
侍女が息を呑む。
「……綺麗です」
少し間を置いて、言い直した。
「いいえ……違いますね」
視線が離れない。
「近づきにくいくらいです」
職人が小さく笑う。
「それ、成功ですよ」
ヴィオレッタは何も言わない。
鏡の中の自分を見る。
動かない。
ただ立っているだけで、形が崩れない。
黒が沈み、白だけが輪郭を作る。
昼のドレスではない。
ヴィオレッタがスカートの端を整える。
「――これでいい」
短く言った。
窓の外、光が落ちていく。
室内の色が変わる。
黒が深くなり、
白だけが残る。
その対比が、はっきりと浮かび上がった。
それはまだ、誰も知らない新しいドレス。
だが――
やがて王都の人々は、この美しさを知ることになる。
静かな夜のような装い。
それは、ここで生まれた。




