第29話 可愛いは広がる
侯爵家の庭。
午後の柔らかな陽光が芝生を照らしていた。
フェリシアはテラスに立ち、遠くに広がる王都の街を静かに見つめる。
通りには、小さな少女たちの姿が見える。
ふんわり広がるスカート。
揺れるフリル。
胸元のリボン。
そして――
頭には大きなリボンカチューシャ。
「増えましたね」
後ろに立つクラリスが穏やかに頷く。
「はい。王都ではすっかり評判のようです」
フェリシアは少し驚いたように言った。
「評判……ですか」
クラリスは微笑んで続ける。
「仕立て屋でも、あの形のドレスをよく見かけるそうです」
「お嬢様のドレスを真似しているのでしょう」
フェリシアは庭の向こう、遠くの通りで遊ぶ少女たちを見つめた。
くるりと回るたびにスカートがふわりと広がる。
フリルが揺れ、リボンが光を受けて輝く。
「最初は……」
フェリシアは小さく息をつく。
「ただ可愛いドレスを作りたかっただけなのですが……」
クラリスがそっと頷いた。
「それが、ここまで広がるとは」
街のあちこちでは、同じ形のドレスを着た少女たちが楽しそうに歩いている。
淡いピンク、優しいミント、クリーム色――色とりどりのスカートが揺れる。
通りの母親たちも微笑みながら見守る。
「まあ、可愛いわね」
「うちの娘にも着せたいわ」
小さな女の子たちは手を取り合って駆け回り、笑い声が石畳に弾む。
フェリシアは小さく笑った。
「可愛いは――」
少し間を置き、言葉を続ける。
「広がるものですね」
クラリスは深く頷く。
「はい、フェリシア様」
風が庭を吹き抜ける。
花が揺れ、遠くから少女たちの笑い声が聞こえてくる。
「だから私は――」
フェリシアは静かに目を輝かせる。
「もっと作りたいと思います」
クラリスは少し驚き、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「きっと、たくさんの人が喜びます」
侯爵家の庭から始まった一着のドレス。
それは今、王都の街へと広がっていた。
クラシカルロリータ。
スウィートロリータ。
ふんわり広がるスカート。
揺れるフリル。
可愛らしいドレス。
街は活気づき、少女たちの笑顔と母親たちの期待であふれている。
王都の石畳は、楽しげな声と色とりどりのドレスで彩られ、静かに、しかし確実に文化を作り始めていた。
だがフェリシアはまだ知らない――
この流行が、やがて王都にもう一つの新しい「可愛い」を生むことを。
黒いドレス。
静かで、凛とした美しさ。
次に動き出すのは、ヴィオレッタである。




